2013年11月25日月曜日

おめでとう!日馬富士!怪我が癒えて,ようやく本来の姿に。

 日馬富士が絶好調のときには白鵬に負けたことがない。立ち合いで跳ね返されても,一瞬のスキをついて勝機をつかむ。その反応のすばやさは天才の領域にある。いや,アートというべきか。これが日馬富士の相撲である。

 今日のこの大事な相撲に,かれのもっとも得意とする一瞬の勝負技を繰り出した。わかっていても食ってしまう,あの忍者技である。真っ正面から当たるとみせておいて,頭と頭が当たるその瞬間に,からだを右に開いて,そのまま左上手をとって,即座に出し投げを打つ。

 今日の相撲は,わたしにとっては,とびきりに美しかった。わたしはその美しさに酔いしれた。

 日馬富士が花道の奥に陣取ったときから,すでに一幅の絵をみるようだった。半眼を閉じて,静かに出を待つ日馬富士の顔がアップで映し出される。まるで仏像の顔だ。これから世紀の大勝負に向かう人の顔ではない。もう,すでに次元の違う世界に自在に遊んでいるような,それでいてものすごい緊張感が周囲を圧倒しているような,しかも,自信に満ちあふれた顔にみえる。

 ときおり細く開く眼は,モンゴルの青き狼の眼。その眼が怪しく蒼い色を発しているようにみえる。人間であるというよりは,限りなく「動物」の次元に踏み込んでいるようにみえる。それは狂気の世界と呼んでもいい。すでに,この世の人ではない。

 これぞ,異界の人,ちから人,異形の人,力士の顔。この世とあの世の架け橋に立つ力士の顔。こういう顔になれる力士は,これまでにもそんなに多くはなかった。白鵬の「にらみ顔」とはまったく次元が違う。

 他方,白鵬はまったく対称的だった。テレビに映った最初の顔は,なんと鳩の眼をしている。おやっ?と思う。花道の奥で出を待つときから,その鳩の目線が,いつもと違って,あちこちにせわしなく動く。これまでにみたことのない白鵬の眼の動きが,どこか落ち着かない。まるで別人をそこにみる。昨日の取り組み(稀勢の里に上手投げで裏返しにされてしまった)のショックの大きさが,まだ尾を引いているな,とわたしはみた。その瞬間,あーっ,勝負あった,と。

 控えに入ってからも,白鵬の眼は「鳩の眼」のまま。いつもなら,ここから眼を閉じて,瞑想に入る。そして,ときおり半眼に開く眼は細く,鋭い。相手を威圧するような,激しい闘志をむき出しにする。なのに,今日はそれが感じられない。瞑想もしない。鳩の眼のまま土俵上を見上げ,対戦相手を見,観客席に眼をやる。どこか,目の置き所を忘れている。昨日の取り組み前までの,あの鋭い鷹の眼はどこかに消えてしまっている。

 最後の仕切り直しを終えて,塩に戻ってきて,いつもの所定の所作を終えて「ハッ!」と声を発して気合を入れた瞬間の眼も,いつもよりも優しい眼だ。どうしたことかと,わたしは息を飲む。

 日馬富士は,いつもとまったく同じだった。控えに入ってからも半眼に眼をつむり,瞑想をし,気持を集中させている。時折,細く開く眼は蒼く光り,遠く深いところに向かっている。土俵に上がって,仕切りに入っても,いつもと同じ。むしろ,なにか大きなものを超えた,達観した人の眼にみえる。これはいける,とわたしは確信する。

 わたしの予想はつぎのようなものだった。日馬富士はいつものように低い姿勢から突き上げるように相手をはね上げておいて,すぐに右のど輪,相手をのけぞらせておいて,それを外した瞬間に左にまわって上手をつかみ,そのまま出し投げ。相手の体がくずれたところを横から攻めて,寄り切り。

 しかし,実際は違った。最初の手順をすべてはぶいて,いきなり左上手をとりにいった。それでも,右手は相手の胸のあたりを突いている。その瞬間に,日馬富士は相手の正面から姿をくらませてしまう。この手があることを白鵬は百も承知である。それでも食ってしまう。この瞬間芸。これが名人技であり,アートとわたしが呼びたい日馬富士の「芸」なのだ。

 この「芸」を見せるために,14日間の相撲があったと言っても過言ではない。この14日間の日馬富士の相撲を白鵬はすべて目の前でみてきている。だから,この「芸」が生きてくるのだ。わかっていても食う,というのはそういうことだ。

 優勝インタヴューでは,一転して,赤い眼だった。赤く充血した涙目だった。でも,必死で涙をこらえ,「ファンのみなさんのお蔭です」「これからも頑張ります」と大きな声を張り上げた。笑顔一つみせない,全身全霊のインタヴューだった。どこかで,朝青龍のハートにつながっているような,そんな錯覚を覚えたほどだ。立派なインタヴューだった。

 苦しんだ4場所を通過して,日馬富士はまたひとまわり人間として大きくなった。強さも,以前の絶好調のときとは違う,味がでてきた。立ち合いで相手をはね飛ばすあの瞬発力はこれまでになかったものだ。この立ち合いは,これからの大きな武器となる。大横綱となるためのもっとも大事な武器となる。これがあるかぎり,変幻自在の立ち合いが,さらに有効になってくる。

 なにはともあれ,日馬富士,おめでとう。この一年間,初場所で優勝してから,四場所つづけて足首の怪我に泣いた。超スランプで,メディアにも叩かれ,相撲解説者からも叩かれ,ファンからも叩かれた。それでもじっと我慢して,ことし最後の締めくくりの場所で優勝した。これで,安心して正月を迎えることができるだろう。

 時限爆弾の足首の怪我を,じっくりと時間をかけて,さらに回復させ,初場所に臨んでほしい。つぎなる標的は,稀勢の里だ。苦手意識を払拭できるだけの実のある稽古を積むこと。そうすれば,日馬富士の黄金時代がやってくる。来年はそういう年になると信じている。

 取り急ぎ,今日のところはここまで。
 
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