2014年7月17日木曜日

「遊びごころ」をもちなさい。李自力語録・その48。

 このところ,毎回のように,李老師から,「肩の力を抜きなさい」「重心は高くてもいい」「安定させなさい」「顔に笑みを浮かべなさい」「気持を楽にしなさい」「ゆったりと動きなさい」と指摘されています。今日は,これらに加えて「遊びごころを持ちなさい」と言われました。

 これらはみんなわたしのからだのことを気遣ってのことであると承知してきましたが,どうもそれだけではなさそうだ,ということが今日の稽古でわかってきました。李老師はどうやらわたしたちの技量をもうワンランク上のレベルに引き上げようとされているのでは・・・・と感じられたからです。なぜなら,「遊びごころ」を持つということは,基本をしっかりと身につけた上で,相当に動作が仕上がってこなくてはできない芸当だからです。

 以前にも書きましたが,わたしは若いころに体操競技をやっていましたので,いまもその時の身体感覚が残っています。しかし,この身体感覚は,太極拳をするときの身体感覚とはまったく正反対のものです。つまり,片時も力を抜くことなく,つねに,からだのすみずみにまで神経をゆきわたらせ,美しい身体の「線」を描き出すことに専念します。ところが,太極拳では必要最小限の力だけを残して,あとは可能なかぎり力を抜きなさい,と毎回,繰り返し教えられています。

 にもかかわらず,いまだにそれがうまくできません。自分では力を抜いているつもりなのですが,どうも,そうではないようです。まだまだ足りないということのようです。もっと抜け,と李老師は仰る。そして,とうとう「遊びごころ」をもちなさい,と指示されることになってしまいました。このことの意味は,意識を別のところに向けることによって,結果的に本来の目的を達成する,ということにあります。つまり,運動課題(Bewegungsaufgabe)の提示です。

 運動課題の提示は,どうしてもからだの力みが抜けないと指導者が見極めたときに,それとはまったく関係がないと思われるような課題,すなわち「遊びごころ」という課題を提示することです。たとえば,音楽に合わせて鼻唄でも歌いながら,太極拳の動作をしなさい,と。すると,意識が音楽の流れに乗るだけではなく,気持も楽になってきます。その楽になった気分に合わせて気の向くままに鼻唄でも歌いなさい,というわけです。すると,気づけばからだの力が抜けている,ということを最終目的とするものです。

 まあ,一種のフェイントのようなものでもあります。自分自身を暗示にかけているようなものでもあります。しかし,これは意外に効果があるということは,体操競技でも体験していますので,よくわかります。残るわたしの課題は,太極拳の稽古にそれをアレンジすることです。

 こうなったら,しばらくの間は,「遊びごころ」「遊びごころ」と念仏のように唱えながら,意識をそちらに向けて稽古に励んでみたいと思います。さてはて,このさきにどのような太極拳の境地が待ち受けているのでしょうか。李老師のあのゆったりとした悠然たる動作に,少しでも近づくことができることを信じて,稽古に励みたいと思います。目標がひとつ,はっきりとしてきました。

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