2011年9月2日金曜日

特集「震災後,変わってほしいもの・ほしくないもの」(『myb』)を読む。

『myb』という「みやびブックレット」が季刊で刊行されている。新書判サイズで,たった70ページほどの,文字通りの小さなブックレットである。が,その執筆陣をみて,読書通の人なら驚かない人はいない。わたしのような人間でも「えっ?」と思わず声をあげてしまうほどの執筆者が名前を連ねている。しかも,ジャンルも多岐にわたっている。

その『myb』秋号(No.37)で特集「震災後,変わってほしいもの・ほしくないもの」を組んでいる。執筆者は,吉岡忍/橋本治/岸田秀/伊奈かっぺい/松延洋平の6名。この6名の人が,それぞれの立場から特集のテーマに即して,きわめて刺激的な論考を展開している。人の見方・考え方というものは,こうも違うものか,ということをコンパクトに知ることができる。コンパクトだからこそ本音がでやすい。あいまいな,ごまかしの表現は許されない。そこがまた読みどころでもある。

吉岡忍は,「人間の非力さ,命のはかなさ」──被災地の現場から,と題して魅力的な論考を展開している。すでにご存知のように,震災後,かれは徹底して被災地をくまなく尋ね歩いている。そして,被災者の目線から「震災」をとらえなおそうとしている。だから,語ることが,被災者の生の声をそのまま伝えることに専念している。津波にさらわれながら漂流した人の体験談や,忍び寄る津波の危険をまのあたりにしながらビデオ・カメラをまわしつづけていた人の談話とその映像をみての強烈な印象をつたえている。そして,「私はもうしばらく,言葉少なでありたい,と思う」と結んでいる。この謙虚さに胸が打たれる。

橋本治は,「超悲観論者の物思い」と題しての論考を寄せている。軽妙にして洒脱な文章が・・・と期待していたら,そうではなかった。大まじめに,この特集テーマに応答すべく努力している。が,いつもの「桃尻語」の印象がつよいわたしには,いささか意外な展開の論考だった。「止めてくれるなおっかさん。背中で銀杏が泣いている」という,あの全共闘時代の有名なコピーで知られる橋本治である。だから,わたしは密かに期待もしていた。いったい,どのように論ずるのだろうか,と。ところが,その期待ははずれてしまった。そして,どうやら「経済成長」支持派であることもちらりと顔をみせる。

岸田秀は,「歴史のなかの原子力発電所」と題して,きわめてユニークな論を展開している。精神分析学者の歴史観を前面に押し立てて,日本人とはそもそもどういう人間だったのか,そして,いまもどういう人間であるのか,と問う。わたしなどは,そうか,こういう見方もあるのか,と大いに教えられた。たとえば,「原子力発電所が増殖してゆく過程は大日本帝国陸海軍の部隊や艦艇が増殖してゆく過程と同じである。作り始めると,多ければ多いほどいいような気がしてくるのである」と説く。そして,「成長経済を奉じて余裕なく焦り足掻く人生をよしとするかどうかの人生哲学の問題だ」と言い切る。この結論部分には諸手を上げて賛成である。

伊奈かっぺいは,「聞く耳持つ専門家もいるだろうか」と題して,自由奔放に「かっぺい」節を展開している。皮肉とも,揶揄とも,ダジャレともつかぬ文体を駆使して,「専門家とはなにか」と問い詰めながら,ことの本質をとらえようとしていて面白い。そして,この「専門家」といわれる人びとの言説を信じてきた自分に腹を立てている。だまされた自分に腹が立つ,と。その点,わたしも同じだ。だから,二度とだまされまいとする決意と,そのための努力が必要だと,この人の文章を読みながらしみじみ思ったことだ。

松延洋平は,「東日本大災害は,世界を変える! では,日本は何処まで変われるのか?」と題して,わたしなどには持ちえない視点を提示してくれている。「コーネル大学終身評議員,国際問題アナリスト」という肩書をもつ松延洋平という人を,恥ずかしながら,知らなかった。とりわけ印象に残ったのは,「政権交代の時代に適応した政策などを研究提供する重厚な知的非営利集団がまず求められている」という指摘である。たしかに,政府の後手,後手にまわる指導力のお粗末さを批判する声はあっても,それに代替する提案をするものは,いまも見られない。このことは大いに反省すべき,わたしたち自身の問題でもある。

以上が特集の概要である。この他にも,「エッセイ」(秋葉忠利/清水義範),「論文」「連載」に,錚々たる顔ぶれを揃えている。なかなかの読物で,とても面白い。

このブックレットの編集・発行は伊藤雅昭さん。かつて,三省堂出版の『ぶっくれっと』の編集長だった人である。わたしもご縁があって,この『ぶっくれっと』に連載したコラムをまとめて『スポーツの後近代』という単行本にしてもらったことがある。もう,ずいぶん,むかしの話であるが・・・。とても素晴らしい編集者で,一本,筋がとおっている人だ。定年前に三省堂を退社して「みやび出版」を立ち上げた。単行本の出版もてがけている。

「みやび出版」の『myb』(みやびブックレット)の定期購読は以下にお申し込みください。
〒216-0033 川崎市宮前区宮崎606-5
電話:044-855-5723 FAX:044-855-2850
E-mail  miyabi@themis.ocn.ne.jp
URL  http://www4.ocn.ne.jp/~miyabisp/index.html
年4回刊行(季刊),年間購読料は1,800円(郵送料含む)です。できるだけ,1年以上の単位でお願いします,とのことです。

ぜひ,一度,手にとってみてください。いまのご時世に(いまのご時世だからこそ?),このようなぶっくれっとが刊行されていることは,まさに僥倖というべきか。わたしは伊藤雅昭さんのお仕事を応援しています。




1 件のコメント:

大仏 さんのコメント...

 貴重な応答、ありがとうございました。
 「近代スポーツ競技の矛盾の一角が露呈」のくだり、はたまた、「近代スポーツのミッション」のくだり、とてもよく分かりました。
 加えて、自分のいる教育の世界でも同じことが言えるのではないかとも感じました。

 自分が、何をすべきか・・・・。もう少し考えたいと思います。その時がくるまで。