2014年4月17日木曜日

オボカタ劇場の幕切れ。「無責任」という「スタンプ」印だけが残る。

 だれも責任をとらない。わたしはここからしか関与していない,わたしはここだけしか担当していない,その前後のことは知らない,だから責任はない,となすり合い。みっともない。ならばオボカタさんが書いた論文の「共同研究者」あるいは「共同執筆者」に名前を連ねるな。しかし,一つでも多くの業績を稼ぎ,研究費を多く確保するためには,論文の全体像を確認することもなく(学者としてもっとも恥ずかしいことなのに),恥じも外聞もなく共同研究者を名乗りたがる。ましてやノーベル賞級の研究らしいとなればなおさらである。その後の特許の利害もからんでくる。言ってしまえば,みんなカネの亡者ばかり。そして,「無責任」。

 共同執筆者のたったひとりでもいいから,オボカタさんの書き上げた論文を通読すれば,引用文献の出典が抜け落ちている論文作法の初歩の初歩くらいは見抜けたはずだ。この段階ですでに論文としては失格なのだから。

 メディアもアホだから,理系の研究者間のコミュニケーションはとてもむつかしいらしい,と報道する。もし,それが事実なら,共同研究者としての条件が最初から欠落しているではないか。それぞれの専門のパートの実験・検証をした結果をメールで送信して終わりではないはずだ。わたしの理解している範囲では,ひとつの研究プロジェクトが立ち上がり,それが完了し,論文に仕上げるまでには,共同研究者が全員,複数回は顔を合わせてお互いの意見を交換して,最終結論を導きだした上でユニット・リーダー(ファースト・オーサー)が論文執筆にとりかかるはずだ。そして,少なくとも共同研究者のうちの複数の人が仕上がった論文を通読して「校閲」をするはずだ。科学者としてもっとも基本的な,こんな作法も欠落していた・・・・というのでは話にならない。

 オボカタさんが率いるユニットのプロジェクト研究のために使われた経費は膨大なものであるはず。そのなかには,共同研究者間の通信・連絡費はもとより,全員が集まってディスカッションをするための会議費(交通費,宿泊費,日当,など)も計上されているはずだ。研究が完了すれば,それに要した科学研究費の決算報告書が提出されるはずなので,そのあたりもしっかりとチェックしてほしいものだ。ひょっとしたら,とんでもない「からくり」が露呈してくるのではないか,とわたしは想像している。すでに,壁紙をピンクに張り替えたり,研究とは直接無縁と思われる高級家具の購入が報道されているように・・・。こんなのは序の口で,その裏にはとんでもない会計処理がなされているのではないか・・・・とわたしは危惧する。

いずれにしても,研究結果についての「責任」の所在だけは,だれの目にも明らかにしてほしい。断るまでもなく,膨大な国民の税金がそこに注ぎこまれているのだから。

 たとえば,自動車の部品を下請け会社に発注して,その部品を組み立てて不具合が生じれば,その自動車を販売した会社が前面に立って謝罪をし,該当する自動車を全部回収し,修理してもどすのは世間の常識だ。

 理化学研究所は,研究所としての責任をとろうとはしていない。トカゲの尻尾きりでことを済ませようとしている。ササイ君もその姿勢を貫いた。ノヨリさんはもっと酷い。所長としての責任をもっと重く受け止めるべきだ。今回のオボカタ問題は理化学研究所の組織としての致命的な欠陥が露呈した,という認識が薄い。ササイ君もノヨリさんも研究者としてはだれの目にも疑いようのない立派な人たちだ。理化学研究所にはそういを人たちが結集しているとも聞いている。しかし,組織の「管理者」としてはどうか。

 少なくとも,ノヨリさんは「今回の不祥事の全責任はわたしにあります」とお詫びをすべきだ。そうすれば,ササイ君もまた「いえいえ,わたしの責任です」と言えたはずだ。それが内部委員による調査委員会を設けて,オボカタ論文の是非論に終始した。すると,悪いのはオボカタさんだけで,あとはだれも責任をとらなくてもいい,というところに逃げ込んでしまう。そこでは,同僚同士のお互いの脛の傷の舐め合いという防衛本能だけが,無意識のうちにはたらいてしまう。

 この問題は,もののみごとに日本の現状を映し出している,とわたしは考える。アベ君を筆頭に,堂々と嘘をつき,都合の悪いことはすべて蓋をし(「秘密」にし),だれも責任をとろうとはしない。経済産業省もそうだ。東京電力もそうだ。原子力規制委員会とて同類だ。みんなで「絆」という名のタッグを組んで,カネのためなら国民の命も勇んで犠牲にする「原子力ムラ」という運命共同体のなかに逃げ込む。こんなことがまかりとおっている。

 一事が万事。この「無責任」体制(体質)は日本の社会の隅々にまで浸透していて,もはや手のつけようがない。理化学研究所も同じだった,というだけの話。

 奈落の底に向かってまっしぐら。どこまで転げ落ちていけば気がつくのだろうか。火の粉が自分の身の上に降りかかるまで,「待つ」しかないのか。
 
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