2014年10月3日金曜日

怪物・逸ノ城,電撃デビュー。雷電の再来か。このさきどんな相撲をとるのか,愉しみ。

 イチノジョウ? そんな力士の名前は聞いたことないよ。だれ? どんな力士なの? 十両から幕内の力士になって初めての場所らしいのに,いきなり連勝街道を突っ走っているなんて・・・? しかも大関,横綱まで倒すという大活躍。わたしも驚きましたが,日本中の相撲ファンも度肝を抜かれたのではないでしょうか。

 またもやモンゴル出身力士か,と半分驚きながらも,人気沸騰。これまでのモンゴル出身力士とはいささかスケールが違います。からだも太ももも桁外れのサイズですが,それだけではありません。こころの座り方が尋常ではありません。冷静,沈着。いかなる対戦相手といえども,ものおじしません。それどころか相手を飲んでかかっています。とても,ことし1月の初場所に幕下付け出しでデピューしたばかりの力士とは思えません。この間の9月場所がデビュー後,たった5場所目です。インタビューを受けても,余分なことは一切言いません。ひたすら「頑張ります」「全力で頑張ります」「胸を借りるつもりで頑張ります」を繰り返します。勝ちつづけても舞い上がるそぶりも見せません。勝って当たり前,という顔をしています。相撲をとる前も,とり終わった後も,涼しげな顔をしています。内に秘めた闘志をあまり顔に出しません。体と心は文句なし。こうなると,あとは,相撲の技を磨き上げていくだけです。まだまだ荒っぽい相撲ですが,それでも負けません。ここに立ち合いなどの「巧さ」が加わると,もはや手のつけようのない力士の誕生ということになります。とんでもない「逸材」の登場です。いや,「怪物」の登場です。無限の可能性を感じさせます。こんな力士はみたことがありません。

 相撲史にその名を残す雷電の再来? わたしの眼にはそんな風に写ります。張手,かんぬき,鯖折りの三つの技を禁じられたという怪力・雷電です。まさか,逸ノ城が雷電並みの力士になるとは考えられませんが,それでも,ひょっとしたら雷電にもっとも近い力士になるのではないか,とそんな予感を漂わせています。

 逸ノ城駿(いちのじょうたかし)。平成5年4月7日生まれ。本名は,アルタンホヤグ・イチンノローブ(Altankhuyag Ichinnorow)。モンゴル国アルハンザイ県パットツェンゲル郡(ウランバートルから400㎞)出身。遊牧民の子どもとして育つ。身長:192㎝,体重:199㎏。太もも:92㎝。愛称はモンスター。右四つ,寄り切り。幕下付け出しから全5場所で49勝10敗。9月場所:13勝2敗。準優勝。敢闘賞・殊勲賞受賞。

 逸ノ城という醜名は,本名の「イチンノロープ」の「イチ」と,逸材の「逸」とを重ねて,命名したといいいます(湊親方談)。しかし,わたしには別の読みがあるように思います。本名の英語表記は Ichinnorowとなっています。これをふつうに読めば「イチンノロウ」です。イチノジョウとイチンノロウ。そっくりではありませんか。とまあ,これはわたしのことばのゴロ遊び。でも,本人は,土俵上で呼び出しが「イチノジョウ」と声を張って読み上げているのを,「イチンノロウ」と聞こえているかもしれません。だとしたら,気分もいいことだろうなぁ,とこれもわたしの勝手な想像。直接,会う機会があったら聞いてみたいところです。

 逸ノ城は子どものころから馬の生乳を毎日2ℓずつ飲んでいたといいます。遊牧民ですから,ゲル生活。馬とともに移動しながら暮らす生活です。子どものころから大きなからだだったので,ブフ(モンゴル相撲)に親しみ,14歳のとき,アルバンザイ県の大会で優勝。柔道も少したしなんだ,とのこと。学校へは学校のある村のゲルで生活。のちに,妹,弟の面倒もみながら一緒に生活したといいます。幼少時から自律していたことがわかります。

 2010年,鳥取城北高校相撲部監督・石浦外喜義に才能を見出され,同校に相撲留学。ここでの愛称は「イチコ」。2年生,3年生で5つのタイトルを獲得。卒業後,相撲部のコーチとなり,2013年全日本実業団相撲選手権大会で優勝。幕下15枚目付け出しの資格をとって湊部屋に入門。湊部屋には幕下以上の力士がいなかったために,いきなり部屋頭。稽古相手を求めて出稽古に。佐渡が嶽部屋や貴乃花部屋に通う。貴乃花部屋にはモンゴル出身で城北高校の4年先輩に当たる貴ノ岩がいて,稽古をつけてもらったといいます。

 これからも出稽古はつづきます。そうして,いろいろの型をもった力士と稽古することによって,ますます相撲の技量の幅は広くなっていくことでしょう。199㎏の体重にもかかわらず,意外に器用にからだを動かすことができるのは天性のものなのでしょう。ただ,これ以上の体重にならないよう食事制限をしているとか。膝への負担が大きくなり,怪我のもとになる,というわけです。むしろ,激しい稽古によって,もう少し体重を落とした方がいい,と言われています。その辺りのことは,貴乃花部屋に通って稽古をしていれば,貴乃花親方からもいろいろと指導してもらえるのではないか,と思います。面倒見のいい貴乃花のことですから。

 9月場所,一敗同士の白鵬との対戦でみえてきたことのひとつ。立ち合いのときの腰の割れ方。股関節が柔らかく,仕切りで両手をついたときの姿勢が白鵬とほとんど違わないこと。この姿勢から低く立つことを身につけたら鬼に金棒。ポーンと両手で突いて立つ,などの立ち合いの攻撃の型をもつこと。そうなれば,横綱はすぐそこにみえてきます。

 この一戦で,お互いに相四つなので,得意の右四つになりながら,逸ノ城が一度も攻撃を仕掛けなかったことの理由については,また,いつか機会をみて書いてみたいと思います。ヒントだけ出しておきますと,日馬富士が白鵬に負けるときの型と同じです。左上手投げを食って,コロリと転がっていくのまで,そっくり同じです。それがなにを意味しているのかは,ご想像にお任せします。そこをも楽しむのが大相撲の醍醐味というものでず。

 ということで,ひとまず,ここまで。
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