2014年10月10日金曜日

東京五輪1964から50年。各地で記念行事。でも,その気になれないわたし。

 10月10日。50年前の今日,前夜の雨が上がって,東京の上空はみごとなほどの紺碧の空が広がりました。東京五輪1964の開会式の日。完璧な条件が整って,日本中が湧いた,記念すべき日でした。ちょうど,テレビが飛躍的に普及した時期で,全国の人びとが固唾を飲んで開会式を見守っていたと思います。わたしはテレビのない四畳半のアパートの部屋で鬱々とした一日を送っていました。

 当時のわたしは26歳。愛知県にもどって高校の教員になるつもりでしたが,それを断念して専攻科から大学院へという道を選びました。大学は卒業したけれど,頭のなかは空っぽ。これで教員になっていいのだろうか,という気持がその動機でした。しかし,わたしのこの決断はひどく父を立腹させ,仕送りが途絶えてしまいました。仕方がないので生活費と授業料を稼ぐためにせっせとアルバイトに励みました。夕食付きの家庭教師を掛け持ちして,食事代を浮かし,残りのわずかな時間を勉強に充てていました。

 もちろん自炊。月のはじめに一カ月分の米と味噌を買い込み,ほとんど毎日,味噌粥をつくって食べて暮らしていました。ですから,家庭教師先でいただく夕食がなによりの栄養の補給源でした。当時も,当然のことながら,大学への就職はまことに狭き門でしたので,将来の夢ももてないまま鬱々とした気分で部屋に閉じこもっていました。ひたすら,課題の多かった,苛酷なゼミのための準備に追われていました。ですから,東京五輪1964は,まったくの他人事でした。冷めた気分のまま,新聞でその様子を知るだけ。

 そんな生活の中での東京五輪1964の開催でした。ですから,東京五輪1964はまったくの他人事でした。冷めた気分のまま,新聞でその様子を知るだけ。別世界のできごとのようにぼんやりと紙面を眺めていました。そんな風ですから,あれから50年,と言われてもわたしの脳裏には生きていくのが精一杯だった,苦しい日々の思い出しか蘇ってきません。

 ついでに書いておけば,60年安保闘争の余韻がまだ色濃く残っており,つぎの70年安保闘争に向けての,さまざまな動きが始まっていました。わたしの気持は,むしろ,そちらの方に比重がかかっていました。日々の生活に追われながらも安保だけは無視できませんでした。それに比べたら,東京五輪など,単なるスポーツの祭典にすぎません。かつてはオリンピック選手を夢みて,必死になって練習に明け暮れた経験をもつわたしです。にもかかわらず,その夢が絶たれたあとは,東京五輪への思いも冷めてしまい,特別の感情は一切ありませんでした。まずは,自分が生きていくことで精一杯でした。

 そんな気分のまま,50年が経過していた,というのが正直な実感です。ですから,いまの若者たちの多くが絶望の縁をさまよいながら生きていかざるを得ない,この現実には許しがたい共感を覚えます。若者たちに夢も希望も与えられないこの国が,東京五輪を開催する資格などありえない,というのがいまのわたしの基本的な考え方です。東京五輪の招致は,この国の恥部を覆い隠すための,あるいは,国民に一時的な眼くらましをかますための,まことに都合のいい道具として利用されるだけのものでしかありません。その意味で,東京五輪2020は美味しいエサのようなものです。国民の圧倒的多数が,無条件に飛びつきます。それほどに,権力にとっては都合のいい「ツール」にすぎません。

 10月10日は晴れの特異日。統計的に一年中で晴れる日がもっとも多いのが10月10日。季節も暑からず,寒からずの絶好の時期。東京五輪1964の組織委員会は,この日を開会式に充て,以後の大会日程を組みました。まことに合理的で,だれもが納得できるタイム・テーブルでした。なのに,東京五輪2020は,なんと真夏の猛暑日がつづく7月下旬から8月上旬にかけて,大会日程を組んでいます。いったい,だれのためのオリンピックなのか。いったい,だれがこんな日程を考えたのか,理解に苦しみます。

 きっと,だれかが得をするのでしょう。

 こんなところからはじまって,東京五輪2020の準備の進み行きは「はちゃめちゃ」です。すべてが闇の世界で決まり,上意下達というお役所的発想で,暴走をつづけています。その最たる例が,新国立競技場建設計画です。国民の意思も,地域住民の声も,そして,専門家の意見も,一切無視。この国はいつから全体主義国家に変貌してしまったのか,ととまどうことばかりです。立憲デモクラシーの精神をもふみにじり,完全に無視して,「逆走」をはじめた政権与党とまったく同じことが,東京五輪2020にかかわるすべての機関で展開されています。

 ですから,東京五輪1964の50周年記念行事と言われても,まったくその気になれないわたしが,いま,ここに,います。いったい,だれのための東京五輪2020なのでしょうか。そこの認識がまったく欠落したまま,関係者だけがいそいそと,甘い蜜を吸いながら,足並揃えて「越後屋」を演じているとしか思えません。赤信号もみんなで渡れば・・・・の謂いをそのまま実行しているとしか,いまのわたしには思えません。

 今日も,わたしは終日,部屋に籠もって,鬱々とした時間を過ごすことになりそうです。50年前と少しも変わってはいません。生まれつきなのかなぁ,とふと思ったりしています。そして,今日も東京は晴れるのでしょう。いつもの年と同じように・・・・。

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