2014年10月23日木曜日

自然現象に反応する,わたしたちのからだ(五感)。文明化とともに衰退。

 御嶽山のふもとの住民の間では,この夏に昆虫や鳥たちが激減していたことに気づき,大いに奇異感をいだいた人たちがいた,という。だからと言って,この人たちは大騒ぎをするわけでもなく,じっと静観していたらしい。そして,あとになって考えてみれば,やはり,昆虫や鳥たちは異常を察知していたようだ,と。

 自然界の掟は侮りがたし・・・。それにひきかえわれら人間は・・・・。

 話はこれだけで終わってしまってはもったいない。

 異常を察知した昆虫や鳥たちの仲間のなかにも,なにも感じないままそこに居残った者たちがいた,というもうひとつの事実にも注目したい。

 なまずは地震を予知する,という話はよく知られている。しかし,すべてのなまずがみんな地震を予知するのかといえば,そうでもないらしい,ということ。

 ひるがえって,われら人間のほとんどは地震を予知する能力を失っている。それでも,ごく少数だが,地震を予知することのできる人たちがいることも事実だ。わたしの知人にもひとりいる。彼の場合は100%ではないが,かなりの確率で予知している。本人の言うには7割くらいは予知している,と。しかも,強い地震になると,からだ全体が騒ぎだす,という。

 つまり,生物界には二種類の存在がある,ということ。そして,異常を察知する能力の高い種が生存競争を生き抜いてきたらしい。ということは異常を察知する能力の低い種は淘汰されていく,ということだ。だとしたら,原則的には人類,すなわち,わたしたち人間はいずれ淘汰されてしまう,ということになる。

 実際にも,その兆候が近年,顕著になってきた,と警告する研究者は少なくない。

 その最大の敵は急速な「文明化」現象。裏返せば,人びとの自然からの乖離。

 たとえば,スマホ依存症。歩きながらもスマホから眼が離せない新人類たち。わからないことはスマホに聞けばいい。なにからなにまでマニュアル化したスタンダードな情報を提供してくれる。それらを鵜呑みにし,わがバイブルのようにして生きている人たち。スマホがあれば困ることはないかのように・・・。その代わり,スマホがなければ生きてはゆけない新人類。

 自分ではなにも考えない,考える必要も感じない,いわゆる「思考停止」状態の人間の誕生。すべてが「受け身」。みんながすることに無意識のうちに右へ倣え。そこから脱落することだけにはいたって敏感。なぜか,女性たちの顔もみんな同じようにみえてくる。つまり,お化粧が同じ。そして,小顔。

 「赤信号,みんなで渡れば怖くない」(たけし)・・・・この調子だから,戦争も辞さない若者たちが増えているという。もちろん,その背景はいささか異なるが,その一因にスマホ依存症もおおいに貢献しているのでは・・・?とわたしは考える。ポピュリズムの温床のひとつ。

 人間は基本的に「自然存在」である。もって生まれた人間の「内なる自然」を,つぎからつぎへと登場する最先端科学技術という名の文明化の浪が襲いかかる。そして,その「内なる自然」を無用の長物であるかのようにマヒさせてしまう。そのことに気づきもしない新人類。

 この文明化の進展とともに衰退していくわたしたちの身体感覚(五感)。この五感を,しっかりと守り,さらに研ぎすませていくことによって,本来の人間の生き方をとりもどすこと。そして,やがては自然現象にも素直に反応するからだをとりもどすこと。

 この意味でも,わたしたちはいま大きな岐路に立たされている。

 このことは,「命よりも金」という生き方に決別することと同根である。

 そんなことを,御嶽山のふもとの昆虫や鳥たちが教えてくれている。
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