2014年10月21日火曜日

10歳児の味覚に異変。31%が「甘い」「辛い」の区別がつかない,とNHKニュース。

 衝撃的なニュースでした。昨夜(20日)のNHK・ニュースウォッチ9でのことでした。わたしはしばし呆然としてしまいました。とうとう,ここまできたか,と。

 いまから,かれこれ15年も前のことでしょうか。大学院のゼミのなかで,たまたま食文化の話になり,中華の専門店のラーメンとカップ・ラーメンとは,どちらが美味しいか,という議論になりました。そのとき,数人の院生がカップ・ラーメン派でした。わたしは思わずわが耳を疑いました。最初は冗談だろうと思って聞いていましたが,本気でそう思っているということがわかったとき,天を仰いでしまいました。

 まったく新しい人類の誕生である,と。

 その当時,すでに,味覚のコントロールが食品メーカーによってなされているという話題がもちきりでした。主役は,即席ラーメンと即席カレー。一年ごとに味を変えることによって売り上げを伸ばそうという戦略が,密かに練られ,実践されている,と。

 理屈はこうです。即席系の食品は一年も食べると「飽きる」。その飽きがきたタイミングを見計らって,飽きた味覚に対して,ちょっとだけ味付けに手を加え,これは美味しいと感じられる方向に味覚をコントロールする。これを毎年,繰り返し,12年計画で,もとの味に戻すのだ,というのです。12年経過すれば,かつての子どもたちは大人になり,世代交代がなされ,だれにも気づかれることもなく,味覚をコントロールすることができる,というのです。そして,もちろんのこと,売り上げ増を達成することができる,というわけです。

 テレビでも盛んにコマーシャルが流れましたので,わたしも釣られて試食してみたことがあります。が,味が強烈で,たまに食べるにはいいけれども,常食する気にはなれませんでした。しかし,子どもは飛びつきました。とても美味いという。これはいけないと気づき,徹底的に薄味の野菜の煮物をつくり,食材そのもののもつ味を,徹底的に教え込みました。これは功を奏し,いまではわたし以上に味覚に鋭く反応する大人になっています。

 それが,ちょうど10歳前後のことだった,と記憶しています。

 ニュースによれば,味覚がもっとも鋭敏に反応するようになるのが10歳児と言われ,このころの食習慣によって,その子の味の好みは決まる,と考えられているとのこと。その10歳児の味覚に異変が起きている,というのです。東京医科歯科大学の先生たちが調査した結果(実際に味覚テストを実施している映像が流れる),31%もの児童が「甘い」「辛い」の区別がつかない,ということが明らかになった,と。

 わたしは考え込んでしまいました。すでに,「思考停止」人間が激増していることが話題となり,考える必要のない利便性が人びとの生活を支配しはじめた結果ではないか,と言われています。考えてみれば,この10年ほどの間に,世の中は驚くほど「便利」になりました。その主役は携帯電話であり,iPHONEだと言われています。いまや,財布をもつ必要もない時代に突入です。

 各種のIT機器を使いこなすことさえできれば,必要なことのほとんどはIT機器が教えてくれます。つまり,マニュアル時代のはじまりであり,「知」の平準化(受け身)の時代です。出産から育児まで,みんなマニュアル化された情報にしたがっていれば安心という時代です。ですから,そのマニュアルから少しでもはずれると,大騒ぎになります。例外を受け入れ,考える力がまったく欠落しているからです。

 言ってしまえば,人間は,いつのまにか情報によって自在にコントロールされる「機械」になりはててしまった,というわけです。つまり,機械によってコントロールされる「機械」の一員になってしまった,ということです。

 かつて,ジョルジュ・バタイユは「有用性の限界」ということを主張していました。その理由は,人類は道具を発明し,その「有用性」に気づいたときから,人間性に目覚め,動物性を否定するようになりますが,それをやりすぎると人間もまた単なる「道具」になりはててしまう,と考えたからです。

 このバタイユの警告が,いまや,わたしたちの現実となってしまっています。しかも,もはや,完全に道具の虜になりはててしまって,そこにどっぷりと浸りこんでしまい(居心地がいいので),そこから抜け出すことすら忘却してしまっています。そういう人が圧倒的多数を占めてしまいますと,それが当たり前になってしまいます。そして,自分たちが狂っているということすら気づかず,それどころか自分たちこそ「正しい」と信じて疑いません。

 現代の病根はここにある,と言っても過言ではないでしょう。

 10歳児の味覚の問題だけではありません。おそらく,大人もふくめて,人間が本来持ち合わせているはずの「五感」のすべてに「異変」が生じているに違いありません。第六感を働かせることのできる人間は,いまや,風前の灯火でしょう。それどころか「非科学的」という名のもとに断罪されかねません。

 「明日は雨が降る。だから,今日のうちにやるべきことをやっておかなくては・・・」とわたしの母はよく言っていました。そして,それがほとんど間違いなく的中していました。気圧の変化をからだのどこかで感じ取っていたようです。こういう人が,わたしの子どものころにはたくさんいたように思います。ですから,運動会や遠足が近づいてくると,母親に何回も何回も天気の様子を確認したものです。当時の天気予報は,よく「はずれ」ていましたから。ですから,母親の天気予報の方がはるかに信頼がおけた,という次第です。

 御嶽山のふもとの住人の間では,ことしの夏,虫や鳥たちが激減したことが話題になっていたといいます。どこかに移動して,姿を消してしまった,というのです。よく知られていますように,野性の動物たちが「移動」をはじめると天変地変が起きる前兆だ,と言われています。そのとおりのことが御嶽山では起きたわけです。

 10歳児の味覚の異変。この衝撃的なニュースに触れ,一晩中,何回も目覚め,そのたびにこんなことを考えていました。恐ろしい時代になったものです。
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