2015年4月25日土曜日

からだの「知」・その3.抗ガン剤を拒否するわたしのからだ。

 昨年の5月22日(木)から胃ガンの再発・転移予防のための化学療法,すなわち抗ガン剤治療に入りました。まず,最初は比較的弱い抗ガン剤(錠剤)から入り,様子をみることに。つまり,抗ガン剤の副作用は個人差が大きいので,まずはどんなものかテストするというわけです。飲み始めはそれほどでもなかったので,それならばということで,途中で,点滴による強い抗ガン剤注入(入院・2泊3日)治療が組み込まれました。が,これが強烈でした。あまりに効きすぎて(?),さすがのわたしも参りました。正直言ってへこたれてしまいました。三日目には食事も拒否するほどの強烈な副作用がでました。

 このとき,はっきりと抗ガン剤はわたしのからだには受け入れられない化学療法だと知りました。しかし,主治医が,もうしばらくつづけましょう,かならず,ぴったり合う抗ガン剤がみつかるはずだから,と丁寧に説明する。相性のいい抗ガン剤と出会えば,ほとんど日常生活に影響はでないから,ともいう。

 ならば,ということで相性のよさそうな抗ガン剤を試みることに。3週間飲んで,2週間お休み。これをワンクールとして,繰り返すことになる。こんごの見通しを聞いてみると「数年かかります」という。数年とは,1,2年のことか,それとも2,3年のことか,あるいは,それ以上か,とわたしは聞く。すると,やってみないことにはわからない,という。それもそうかなぁ,とおもう。

 かくして,一番弱い抗ガン剤で,2クール,3クール,4クール,とつづけてみる。最初のうちはまずまずでしたが,次第にからだの拒絶反応がきびしくなってきました。これはまずいと判断し,内緒で,朝晩2回飲むところを,朝をはずして晩だけにする。そうすれば,日中はいくらか仕事もできるからです。晩は早めに寝てしまえばいい。しかし,それでもからだは徐々に抗ガン剤を受け付けなくなる。飲まない日が次第に増えてくる。

 しかし,面白いことに,頭(理性)は飲め,と命ずるのに,からだ(知にあらざる知)は拒否します。この両者のせめぎ合いをじっと観察する,第三のわたし。不思議な光景ではある。が,なんといっても断然強いのはからだの拒絶反応。すなわち,自然に備わったからだの「知」。頭(理性)がいくら説得しても,からだは「NO!」を連発。

 これはいったいどういうことなのだろうか,と考えました。これほどまでに拒否するからだとはなにか,と。薬を飲まなくてはいけない,と理性が命令しても,からだはどこ吹く風とばかりに「横を向いた」ままです。最後は,強権を発動して,脳が手に命じて薬に手を伸ばさせます。すると,こんどは胃袋が吐き気を催します。いま食べたばかりの食べ物が,一気に逆流をはじめそうです。これをひとまずぐっと堪えて,しばらく様子をみることにしました。ところが,一向に改善される様子はありません。こんなことの繰り返し。

 そこで,とうとう,主治医にことの顛末を話し,抗ガン剤を中止することにしました。抗ガン剤をつづけるかどうかは患者の選択権だということは承知していましたが,こんなにあっさりと了解してくれるとはおもってもみませんでした。が,逆に助かりました。もし,主治医がNoと言ったらどうしようか,と。それが昨年の10月のことでした。

 以後は,抗ガン剤の呪縛から解放され,徐々に,からだが楽になってくるのが手にとるようにわかりました。が,抗ガン剤というものは不思議なもので,飲まなくなっても,その前に飲んだ抗ガン剤がからだの中に蓄積されていて,なにかと妙な症状が顔をみせます。いままで経験したことのない,不思議なからだの現象です。このことについては,また,いつか詳しく書くことにします。

 とにもかくにも,抗ガン剤から解放された,わたしのからだはほっと一息でした。そして,明らかに,からだが喜んでいるのがわかるのです。こんな体験は初めてでした。そうか,からだはいい条件が整うと喜ぶんだ,と知りました。以後,わたしは,なにごとも,みずからのからだに問いかけながら,その是非を判断するよう努めることにしました。このことの具体的なことがらも,これから書いていくことにします。

 いまにして思えば,このときのからだの拒絶反応が,いまのわたしをあらしめている,という以外にはありません。理性の命ずるがままにしていたら,いったい,わたしのからだはどうなっていたのだろうかと考えると,ゾッとしてしまいます。わたしのなかの,からだの「知」がわたしを救ってくれたと,いまも信じて疑いません。なんだか妙な気分ですが・・・・。
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