2015年4月4日土曜日

田中ミンの太ももの筋肉。バレーボールで鍛え,ダンスで仕上げ。そして,メンタリティ。

 「あの歳(72歳)で大きな桶にいっぱいの海水をばらまく体力があるのはすごい」と評判だとか。そんなの当たり前ではないか,とわたし。なぜなら,もともとはバレーボールの名選手。そのバレーボールを棄ててダンサーとなる。東京教育大学中退。わたしの後輩でもある。

 たまたま昼食をとりながら,NHKの連続テレビ小説「まれ」をみていたら,そのシーンが眼に飛び込んできた。たしかに,いともかんたんに大きな桶いっぱいの海水を何杯も四方八方にばらまいている。からだのこなし方がうまい。バランスもいい。そして,美しい。さすがに田中ミンの面目躍如たるものがある。

 それよりなにより,わたしの眼を釘付けにしたのは,田中ミンの「太ももの筋肉」。なみの筋肉ではない。鍛え込まれた,いまも現役バリバリのダンサーの筋肉。舞台に立てば,180㎝の長身を自由自在に操ることのできるダンサー。それを支えている太ももの筋肉。海水をまくときに右脚から左脚へと体重が移動する,そのときに太ももの筋肉がみせる美しい表現。これだけでも「絵」になっている。わたしの眼はその一点から動かない。

 もっともっとこのシーンを流してほしいのに,ほんの数秒のカットで消えてしまう。もったいない。田中ミンのこのシーンだけは,これからも何回も繰り返し見せてほしい。海水をまくだけの動作が,すでに,美しいダンスになっている。ふつうの役者には真似のできない田中ミンならではの俳優(わざおぎ)の表出である。

以前に,松浦静山役で出てきたときは,その渋い演技でわたしたちのこころを鷲掴みにした。田中ミンのダンス表現で鍛えられた独特の精神世界が,ここでの見せ場だった。時代劇なので,この大きな身長は撮影に際して相当に苦労したはずである。少なくとも部屋の中で立っている演技は,よほどカメラ・アングルを工夫しないかぎり,妙なものになってしまうはずである。一つの部屋から別の部屋に移動するカットは無理だ。だから,立ち姿のシーンはみんな屋外だった。

 さて,こんどの「まれ」ではどうか。やはり,部屋の中での演技は,全部,座ったままのシーンだ。しかも,ほとんどセリフがない。それでいて別格の存在感を漂わせている。これはこれでいい。素晴らしい。

 これから見せてほしいのは,塩田での塩づくりのシーンだ。機械文明を拒否して,あくまでも人間の肉体をとおして,汗水垂らして,ほんとうの塩の味を保持していこうという,頑なな姿勢がいい。これがなにを意味しているのか,一人ひとりが考えればいい。いま,この国で問われている根源的な問題のひとつだから・・・・。

 一人で海水をまいているだけなら,かれの大きすぎる身長はなんの苦にもならない。そして,作業着の下から垣間見ることのできる「太もも」の美学をぞんぶんに楽しむことができる。肉体を酷使しながら働くことの重要さ,そのこんにち的意味も,田中ミンの「太もも」をとおして学ぶこともできる。

 身長180㎝,年齢72歳。鍛え上げられた肉体。映像で見られるのは「太もも」だけ。かれのダンスをまた見にいきたくなってきた。そこでは惜しみなくかれの肉体のすべてを凝視することができる。そして,その鍛え上げられた肉体をとおして表出される深い精神世界。

 また,ひとつ違う世界に足を踏み入れているのではないか,という期待がいっぱい。
 楽しみにしよう。

 そして,テレビの「まれ」では,田中ミンの「太もも」を惜しみなく映し出してほしい。
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