2015年6月12日金曜日

からだの「知」・その4.内臓の感受性が鈍くては世界は感知できない(三木成夫)。

 もうずいぶん前になるが,神戸市外大の丹生谷貴志さんから『胎児の世界』(中公新書)という本をプレゼントされてから,その著者である三木成夫さんの語る世界にすっかりはまってしまった。その後,だれかの本を読んでいたら,三木成夫の『海・呼吸・古代形象』(うぶすな書院,1992年刊)という名著があるということを知り,急いで取り寄せた。取り寄せたというのは,もはや,ふつうの書店では売っていないので,古書を探して購入したからである。しかし,名著に違いないとおもったので,「新品」を指定した。正解だった。

 以後,この本は,わたしの秘密の「座右の書」となった。秘密のというのは,わたしが人間を考え,からだを考え,生きるということを考え,生まれるということを考える上で,これほどわかりやすく,ふんだんに発想のヒントを与えてくれるテクストはほかにない,とおもわれたので,このテクストだけは「秘密」にしておこうと姑息なことを考えたからである。とりわけ,このテクストが仏教経典の一つである『般若心経』や,道元の『正法眼蔵』の読解にもとても役に立っているだけでなく,ジョルジュ・バタイユの『宗教の理論』読解にもじつに多くのヒントを与えてくれたことは,あえて特筆しておきたい。三木成夫のいう世界とは,そういう世界なのである。

 名著というものは,みんな,ある一点に論点が集まってきて,そこには普遍的なある共通の「土俵」があるということを教えてくれる。そのことをとてもわかりやすく教えてくれたのが三木成夫さんのこの著作である。もはや,いっときも手放すことのできない,わたしにはなくてはならない秘密の「座右の書」である。

 なにをおいても,まずは,「文章」がいい。簡潔で平易。解剖学や発生学の専門家にもかかわらず,そうしたテクニカル・タームはほとんど用いることなく,ごくふつうの日常語で,わたしたちの「からだ」の成り立ちとその機能のそもそものはじまり(始原)について,するりとわかるように語り聞かせてくれる。じつに自然体で,読んでいてここちよい。こんなテクストも珍しい。

 こんなことを書き始めると,肝心要のテクストの内容に踏み込んでいくことができないほど,三木成夫さんについての話題はつきない。が,ここは禁欲的にがまんしておくことにしよう。また,そのことについては述べる機会もあろう。

 さて,表題の「内蔵の感受性が鈍くては世界は感知できない」という論文は,わずかに8ページほどの小論である。だから,読みたくなれば,いつでも,すぐに開いて読み返すことができる。しかも,読むたびに,いつも新鮮な発見があり,気づきがあるのだから不思議だ。それだけ含蓄のある深い真実に近い世界を描いているということだろう。

 この小論の全体は以下の三つの小見出しでまとめられている。
 〇私たちの行動は内蔵の声に突き動かされる
 〇内蔵の機能は四季の移り変わりに沿って動く
 〇あらゆるものを心ゆくまで舐め回す幼児の行動が内蔵感覚を鍛える

 ある感性の鋭い人であれば,この小見出しをみただけで「ウヌッ!」「これはなにごとか!」とピンとくるものがあるに違いない。そう,そのとおりなのだ。この小見出しに,すでに,結論がそのままストレートに表出しているのだから。

 たとえば,最初の小見出し「私たちの行動は内蔵の声に突き動かされる」の冒頭の書き出しは以下のようだ。

 赤ん坊が大声あげて泣き叫ぶのは,つぎの三つの場合ときまっている。一,おっぱいが足りない。二,おしめが汚れた。三,眠りが不十分。だから,この三つさえ満たされておれば,もうご機嫌でニコニコだ。しかし,よく考えてみると,こうした問題は赤ん坊の時代に限られるというものではない。乳離れしておしめがとれて大人になっても,この,いわば”三つ子の魂”は,依然として変わることがないのだ。さすがに”大声あげて泣き叫ぶ”といったことだけはなくなるだろうが・・・・。以下,この問題について考えてみよう。

 というようにして,各論に入っていく。それがまた,一つひとつ,まことに説得力があって,こころの底から納得させられてしまう,みごとな展開となっている。それらの一つひとつをここで紹介することは不可能に近い。なぜなら,前提に前提を積み重ねながら,「内蔵の感受性」の謎が語られているからだ。だから,紹介するとなると,おそらく全部を転載することになりかねない。そこで,強烈なメッセージを発信しているとおもわれるいくつかのセンテンスを紹介しておくので,あとは,想像力をたくましくして,あれこれ思い描いていただければ・・・・とおもう。

 ・内臓系にかかわる出来事というものは,人びとの意識のおよそ届かぬ生命の最深奥にまで,それは及ぶものだから・・・。
 ・内臓は,本来,天体の運行に乗っかって,その機能を営む。
 ・内臓系は,悠久の進化の流れの中で,ただひたすら宇宙空間の「遠」と共振を続けてきたことがうかがわれる。
 ・卵巣は暗闇の腹腔内で月齢を知っている。
 ・内臓に起こるすべての出来事は肉体の奥底に蠢く無明の情感として,ただそこはかとなく意識の表に姿を現わすにとどまる。内臓の不快が思考の不快に”化ける”ゆえんは,ここにあるのではなかろうか・・・・。
 ・豊かに育った内臓の感受性というものは,ものの「すがたかたち」いいかえれば,その「こころ」を感じとるための,隠されたつっかい棒になる。

以上。

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