2015年6月23日火曜日

6月23日「沖縄全戦没者慰霊の日」。沖縄タイムス,毎日,東京の3紙を読み比べてみてびっくり仰天。

 沖縄タイムス,毎日,東京の3紙に見られるこの温度差はいったいなにか。開けてびっくり玉手箱・・・・というほどの驚きである。

 沖縄タイムスが,ほぼ全紙面にわたって「慰霊の日」関連記事で埋めつくしたのに対して,毎日も東京も眼を皿にして記事を探してようやくほんのわずかな情報を見つけることができるにすぎない。沖縄と本土のこの温度差は,もちろん,ある程度の予測はできたことだとはいえ,それにしてもひどすぎる。

 6月23日。沖縄のすべての戦没者を慰霊する日。

 3月26日の渡嘉敷島への米軍による沖縄戦の戦闘開始,そして,4月1日の沖縄本島への上陸作戦の展開,北谷町にはじまり首里城をめざして南下する米軍の作戦は,当時の最新兵器であった火炎放射器を用いて,あたり一面を焼け野原にする殲滅作戦だった。「ありったけの地獄をひとつにした」首里北方の前田高地の壮絶な戦闘を体験した外間守善さんの手記(『私の沖縄戦記』)が,わたしの脳裏から離れない。しかも,外間さんは敗戦を知らないまま9月までゲリラ兵として戦いつづけていた,という。

 このわずか半年足らずの間に,20万人余の人たちが命を奪われたのだ。しかも,尋常一様の死に方ではなかった。この悲惨な事実については,すでに,多くの媒体をとおして多くの国民の知るところだ。だから,ここでは繰り返さない。

 あれからことしで70年。節目の年だ。

 その重さを配慮してか,総理大臣,衆参議長,関係大臣,それに駐日米国大使,などいつもにも増して多くの要人がこの式典に参列し,挨拶をした。全式典の模様はYOUTUBEでみることができる(約1時間30分)。簡潔にして要を得た翁長知事による平和宣言を聞いたあとの,総理のむなしいことば遊び,衆院議長の漢字の誤読(おそまつ),などは聴くに耐えないものだった。

 そして,なにより光ったのは高校生による自作詩の朗読だった。詩の内容もさることながら,感情を抑制した朗読の説得力,詩の途中に織り込まれた歌唱力,などなど,わたしは強烈な印象をもった。こういうところにも,沖縄の底力が溢れている。芸能界に多くの人材が輩出する土壌が透けてみえてくる。つまり,まっとうな「人間」が育っているということだ。それは,ものの豊かさとは正反対のこころの豊かさがもたらす力だ。

 さてはて,明日の新聞各紙が,この模様をどのように伝えるのか,興味津々。
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