2015年6月19日金曜日

本日より,わたくしはアベ・シンゾウ改め,独裁者アベルフ・シットラーを名乗ることにいたしました。

 〔悪夢の緊急記者会見〕
 わたしくは,ついに,父祖もはたし得なかった夢を実現することにいたしました。
 本日より,アベ・シンゾウ改め,独裁者アベルフ・シットラーを名乗ることにいたしました。これは,ボクちゃんの長年の夢でした。このたびの「戦争法案」を,多くの憲法学者たちの違憲判断を無視して,なにがなんでも通過させるための,最後の切り札として「アベルフ・シットラー」の名こそもっともふさわしいと考えました。先達「アドルフ・ヒットラー」には,まだまだ,遠く足元にも及びませんが,そこを目指して,臥薪嘗胆,鋭意,努力していく所存でございます。国民のみなさま,どうぞ,よろしくお願いいたします。

 昨夜,とうとう,こんな悪夢をみてしまいました。

 沖縄県民の民意を無視して,なによりも日米同盟を優先させ,辺野古での反対運動に国家権力による容赦なき「暴力」を繰り返し,なんら省みようともしないこの政治姿勢。長年にわたる沖縄県民の人権と民主主義を否定して,それでもなお「わたしは正しい」と確信してゆるぎない姿勢をとりつづける「アベルフ・シットラー」。

 圧倒的多数の憲法学者が,アベルフ・シットラーの「戦争法案」を「違憲」であるとし,日本弁護士会も「違憲」声明を明らかにしているにもかかわらず,「わたしは合憲であると完全に確信している」と繰り返すばかり。その根拠も「砂川判決」しか提示できないお粗末さ。しかも,その「砂川判決」ですら,なんの根拠もない,と専門家は口を揃えている。

 戦争法案をめぐる国会でのアベルフ・シットラーの答弁も支離滅裂。党首討論での応答も支離滅裂。論理的整合性はどこにもみられない。閣僚間の足並みも揃わない。共産党の志位委員長の鋭い切り込みにはひとことも答えられず,ひらすら,はぐらかすのみ。そして,まったく意味のない危機意識を煽り,この国を守るには集団的自衛権の行使を容認するしかないのだ,それを認めないのは政治家として「無責任だ」とまで「吼えた」。

 しかも,アベルフ・シットラーは非戦闘地域での兵站支援は戦争行為ではない,とまで嘯いた。戦争の標的として敵からまっさきに狙われるのは兵站だ。これは戦争の常識だ。かつてアメリカはアルカイーダとの戦闘の折に,米軍の死傷者を減らすために,兵站支援を民間会社に委託した。民間会社は委託料をふんだんに受けとって,その金をアルカイーダに支払って,自分たちの安全を確保した,という笑い話のようなほんとうの話がある。戦争をすればするほどアルカイーダは金持ちになった,というのだ。つまり,兵站の輸送は戦争の「命綱」なのだ。それを,日本の自衛隊は友軍(アメリカ軍)のために引き受けるというのだ。そこに待ち受けているのは,自衛隊の恐るべき「リスク」の高さだ。それをも嘯いて,「わが軍の安全はあくまでも確保される」と,声を張り上げ,周囲を威圧する。

 そういえば,最近では,手振り・身振り,そして声の張り上げ方,物言いまで本家のアドルフ・ヒットラーのそれにそっくりになってきた。あとは「チョビヒゲ」をつければ完成だ。

 こうしたアベ・シンゾウの変貌ぶりは,まさに,アベルフ・シットラーと呼ぶにふさわしい条件が日毎に高まってきた。

 このシンちゃんの,露骨な変貌ぶりに,さすがに多くの国民が気づき,不安をいだくようになってきた。つまり,シンちゃんの本質は「独裁者」であり,めざすのは「アベルフ・シットラー」だったのだということに気づいてしまったのだ。

 とうとう,この剥き出しの独裁者ぶりに危機感をいだいた国民が立ち上がった。いまや,国民の圧倒的多数が,「戦争法案」に「異」を唱えはじめている。そして,多くの国民が連日のように反対集会を開き,デモを繰り広げるに至っている。それも全国規模だ。そして,ついに,若者たち(SEALDs,など)も,これ以上は我慢できないとばかりに立ち上がった。こちらはインターネットを武器にして,全国ネットで運動を展開している。いまや怒濤の勢いと言っていいだろう。

 ついに,アベルフ・シットラーの掲げる「戦争法案」は,いまや,圧倒的少数派。世論調査では8割近くが反対しているという。もてるのは議席の多数のみ。これを最後の砦として,「戦争法案」を強行突破しようという構えをみせている。

 そうはさせじと,今日(6月19日)も国会周辺では,いくつもの反対集会や抗議デモが予定されている。アベルフ・シットラーの「暴走」をくい止めるために。
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