2016年1月26日火曜日

第100回記念研究会,飛鳥散策の旅からもどってきました。

 第100回を記念する研究会(1月23日・奈良教育大学)+山焼きと日本の古代史に思いを馳せる飛鳥散策(1月24日),古民家を借り切っての夜遅くまでの楽しい団欒,さらに,1月25日には興福寺の宝物館,京都駅の美術館に立ち寄り,夕刻,帰路につき,無事に帰宅しました。

 1月23日(土)の第100回を記念する研究会は,予想をはるかに上回る話の展開となり,素晴らしい会になりました。これはひとえに,遠路はるばる奈良まで足を運んでくださった演者の方々のお蔭です。なんと言っても,経済思想史,表象文化論,アフリカ学,イスラム研究,政治思想,チョー哲学のそれぞれの領域の第一人者ばかりに集っていただいたわけですから。しかも,じつに手際よくそれぞれの研究領域からの発言をしてくださったお蔭で,わたしたちスポーツ史・スポーツ文化論を研究している人間のこころにも深く響くものがありました。やはり,無理をお願いしてよかった,としみじみおもいました。

 大雪,大荒れの天気が心配されていましたが,奈良はほとんどその影響もなく助かりました。夜の山焼きは,いつものオープニングの花火までは楽しむことができましたが,若草山の芝の状態が悪く,麓の部分が少し焼けただけでした。後日,焼き直しをするとのこと。その代わり,夜の懇親会はキャンパス内の寧楽館で行われ,多くの人がお互いに交流できて,とても充実したものとなりました。みなさん,大満足の様子でした。

 1月24日(日)は奈良のホテルから一直線に飛鳥を目指しました。朝から猛烈に寒く,冷え込みましたが,青空に恵まれました。まずは,豊浦宮跡を散策,その足で甘樫丘に登り,展望台から奈良盆地,西の葛城山とその裾野,東の三輪山からその奥のダンノダイラ方面,そして,眼下の飛鳥の里の眺望を堪能しました。そして,車で川原寺跡まで移動。橘寺を見学したところで時間となり,昼食。そのあと飛鳥川に沿って田んぼの中を歩き,あちこちに点在するかつての宮跡(伝承地)を一つひとつ確認しながらくだり,飛鳥寺で飛鳥大仏を拝観,入鹿首塚から甘樫丘を眺めました。そして,乙巳の変がいかなるものかに思いを馳せました。つぎに石舞台に移動,さらに高松塚壁画館へ,そして,天武・持統陵に登りました。ちょうど夕日が沈むころでした。

 急いで宿泊予定の古民家・古都里庵へ。ここがまたことのほか素晴らしいところでした。ここのことを書き始めますと際限がなくなってしまいそうですので,今回は割愛。自炊でしたので,可能なかぎり食材も持ち込み,女性軍(男性も大いに手伝いました)の奮闘で,素晴らしい宴を囲むことができました。建物といい,庭といい,眺望といい,申し分のないところでした。いずれ,またの機会に紹介したいとおもいます。でも,夜の部をちょっとだけ。可愛い歌姫の歌があり,それに感応して涙し,嗚咽する男あり,あるいは,アフリカニストによる魂の籠った迫力満点の歌あり,セミプロのシンガー・ソング・ライターによる演奏あり,という具合ですっかりいい雰囲気ができあがりました。あとは,夜遅くまで「囲炉裏」を囲みながら,団欒。みんな「ひとつ」のこころになれたようにおもいました。貴重な経験であり,嬉しいことでした。

 1月25日,朝食後に解散。わたしは近鉄で奈良まででて,興福寺の宝物殿(阿修羅,仏頭,千手観音像,など)へ。小野さんと竹谷さんが付き合ってくださいました。昼食は,名物「びっくり」(うどん)へ。そこから小野さんと二人でJR奈良線で京都へ。京都駅の駅美術館(伊勢丹内)で「京薩摩」の焼き物を鑑賞(林郁子さんのご推薦),これが想定外に素晴らしく感動。図録を買って新幹線へ。新幹線の中でも夢中になって図録に見入ってしまいました。

 というようなわけで,25日の遅い夕食の時間に帰宅。

 たった二泊三日だったはずなのに,ものすごく長い時間を過ごしたような感覚が,いまも残っていて不思議な感じです。浦島太郎の逆のヴァージョンです。思い切って,大きな計画を立てて,よかったなぁとしみじみおもっています。今回の第100回記念研究会は生涯の思い出になりそうです。参加してくださったみなさんにこころから感謝あるのみです。こんな経験をあと何回できるだろうか,と考えてしまいます。これからは,思い切って,二泊三日の計画(個人的に)で研究会に参加してみようかなぁ,と考えたりしています。

 以上,ブログが二日間,途絶えてしまいましたが,その言い訳を兼ねてのご報告まで。
 こんごともよろしくお願いいたします。
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