2016年1月9日土曜日

東京五輪返上論。私論・1:「アンダー・コントロール」の嘘。

 「アンダー・コントロール」が世界の笑いものに曝されている。しかも,日本政府,ならびにそれを支持している日本国民に対して世界の主要なメディアが「ノー」を突きつけている。フクシマの危機的情況が世界最大のスキャンダルとして,国際社会から厳しい批判の眼でみられているという事実を知らないでいるのは日本人だけである。

 日本が日本について知らないでいること,その筆頭がフクシマだ。

 自分にとって都合の悪いことは,できることなら秘匿しておきたい。これは世の常である。

 フランスのドグマ人類学者ジャン=ピエール・ルジャンドルの著書のなかに『西洋が西洋についてみないでいること』(森元庸介訳,以文社)がある。この著書から,わたしは多くのことを啓発された。ひとつは,ユーロ・セントリズムの致命的な欠陥を知ったこと。

 これとまったく同じことが,そのままわが祖国である日本にも当てはまる。日本中心主義。ことばの悪しき意味でのドグマ。そのまっただなかに東京五輪がある。すなわち,客観的な現状分析がなにもできてはいない。だから,なにも見えていない,いな,見ようともしない。

 フクシマが,どれほど危機的な情況にあるかは,少なくとも西洋の主たるメディアは特派員を派遣し,綿密な取材をとおして実態を把握した上で,かなり頻繁にトップ・ニュースとして取り上げている。だから,西洋では,ふつうの人間であれば,だれもがフクシマの事実を承知している。トップ・アスリートとて,その例外ではない。しかも,放射能に対してはとても敏感に反応する。

 わたしのところには,いまでも,ドイツの友人から「東京は危険だ。ドイツの田舎に移住して来い。いつでも準備して待っている」という呼びかけがある。それもスポーツの関係者からである。「日本は危ない」というのが,ドイツ人のスタンダードな認識と言ってよいだろう。だから,仕事の関係で家族ごと東京で暮らしていた西洋の人びとの大半は,妻子だけをいち早く帰国させ,自分ひとり残って単身赴任の態勢をとっているという。しかも,そういう事例は高齢者が多いという。そして,若い人は短期間で交代している,とも。

 このようなことを考えると,よほどのことがないかぎり,ヨーロッパ系のトップ・アスリートたちは,たとえ五輪代表に選出されたとしても出場を辞退する人間が続出するのではないか,とわたしは分析している。もっとも,ドーピングしてでも金メダルが欲しいという輩はいくらでもいるから,それほど悲観することはないかもしれないが・・・。それにしても,みじめな東京五輪になることは間違いない,とわたしは考えている。

 こういう実態を日本のメディアが知らないでいるはずがない。知っていて知らぬふりをしているだけなのだ。そして,それが日本のスタンダードを形成していく。アベ政権が熱心にメディア操作に励むのは,このことを熟知しているからだ。

 しかし,いまや「アンダー・コントロール」は嘘であった,と国際社会は厳しい眼でみている。この事実に蓋をしたまま,東京五輪を推進する根拠はもはやなにもない。いな,嘘がバレてしまったいま,東京五輪招致そのものが詐欺まがいの行為であったことが露呈してしまっているのだ。このことに一顧だにしないで,知らぬ勘兵衛を決め込む東京五輪組織委員会会長と,その嘘を撤回しないで無視しつづける総理大臣のもとで,オリンピックを開催する資格はなにひとつ認められない。

 「恥を知れ」というほかはない。

 これが,まずは,東京五輪返上論の第一点。
 これから追々,各論を展開してみたいと考えている。
 ご意見,ご批判をいただければ幸いである。
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