2015年8月2日日曜日

とうとう民間による武器製造を認め,海外軍事企業買収を認める,というアベ政権。正気の沙汰か。

 とんでもない男を国のリーダーにしてしまったものだ。こんなはずではなかった。税率を延期することを争点にして選挙したはずの男が,すっかりそんなことは忘れてしまって,戦争法案をとおすための選挙であったかのごとき発言をしている。しかも,閣議決定による憲法解釈を変更し,憲法違反の法案を国会に提出し,むりやり議論させ,数の横暴で押し切ろうとしている。

 野党に力がないので,国会での答弁もでたらめであるにもかかわらず,政権の思いのままに牛耳られてしまっている。しかし,「最後の武器は世論」(山口二郎)である。この世論が黙ってはいない。いまや燎原の火のごとく燃え広がった「アベは辞めろ」の抗議行動はとどまるところをしらない。政権支持率も,ついに,不支持率が支持率を凌駕した。アベ政権としては相当にあせっているはずである。そのあせりの表出とおもわれる「暴言」が多くなってきている。

 そんな折も折,こんどは「民間による武器製造を認め,海外軍事企業の買収を認める」という。これまでの自民党政権は,口を揃えて「厳に抑制」してきた「武器輸出三原則」を「解釈変更」で押し切ろうというのだ。しかも,法律の改正もせず,ただ,解釈を変えるだけだ。これは,憲法の解釈を変えるだけで戦争ができる国家に踏み切っていこうという姿勢とまったく同じだ。

 もはや,正気の沙汰ともおもえない。まぎれもない「狂気の沙汰」そのものだ。

 東京新聞が今日(8月2日)の一面トップで大きく報じている。そのつかみの文章だけでも引いておこう。じつにわかりやすいので・・・・。

 政府は,日本企業に課している海外の武器製造企業の買収規制を見直す方針を決めた。関連法の運用指針を現在の「厳に抑制」から「状況に応じ適切に判断」などと変更。法律改正はせず,解釈を変えることで,現在の原則禁止規制を改める。武器輸出を原則認める防衛装備移転三原則を決定したことに伴うもので,見直しにより日本の防衛関連企業の海外進出が可能となる。

 憲法9条もなんのその,民主主義もなんのその,ときの政権の思惑ひとつで「解釈」を変更し,なんでもできる「独裁体制」を着々と固めつつある。

 しかし,こうした政権の独断専行が,国民の大きな不審を呼び,もはや我慢ならないところまで達していることはだれの目にも明らかだ。にもかかわらず,盲目となってしまった独裁党は,脇目もふらず「わが道」を「暴走」する。そして,いずれ国民は「忘れてしまう」とタカをくくっている。

 冗談もいい加減にせよ。圧倒的多数の国民が腹に据えかねている。

 全国各地で抗議活動を展開しているSEALDsの若者たちは「本気」だ。こんなことが許されてたまるか,とこころの声を挙げている。この「本気」度に触発されるようにして,その輪は一気にひろまっている。党派を超越して,「戦争は嫌だ,自由と民主主義を守る」,このことに賛同する人は参加を,と呼びかける。

 これから,ヒロシマ,ナガサキ,敗戦記念日,といった戦争がらみの大きな行事が目白押しである。すでに,アベ政権退陣への「潮目」は変わった。あとは,実力でその力をみせつけるだけだ。「最後の武器は世論だ」(山口二郎)の短いエッセイも,今日の東京新聞に掲載されている。SEALDsの若者たちのスピーチを聞きながら「涙する」山口さんのハートこそが,多くの人たちと若者たちとが連帯していく源泉なのだろうとおもう。

 変な理屈はいらない。立憲デモクラシーをきちんと守って政治をやってほしい,それだけでいい。どうしてもアベ君がやりたいのなら,「憲法改正」を争点にして選挙をやり,堂々と正面突破していけばいい。その自信がないから,姑息な手を用いる。その姑息さが,もはや鼻について我慢ならない。

 その姑息さの最終仕上げが,こんどの「民間による武器製造」であり,「海外軍事企業買収」を認めるという解釈変更だ。もはや,国民の怒りも臨界点に達している。これがアベ政権の命取りとなり,幕引きに向けて国民の意気はますます軒昂となる。

 公明党はいつまで,戦後最悪の自民党政権と手を結んでいるのか。いまからでも遅くはない。一念発起して,自民党と袂を分かち,党是である「戦争反対」を前面に打ち出して,いまこそ「闘う」ときではないのか。
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