2015年1月8日木曜日

「オキナワとフクシマは同じ構造だ,などと言ってくれては困る」(島袋純)。

 忘れないうちに書いて置かなければ・・・・と思いつつ後回しになっていました。それは表題にも書きましたように「オキナワとフクシマは同じ構造だ,などと言ってくれては困る」という島袋純さんの主張です。この話は,じつは,12月21日(土)に法政大学で開催された連続講座・「沖縄の地鳴りを聞く」の第2回「”アイデンティティ”をめぐる戦い──沖縄知事選とその後の展望」(島袋純)を聴講したときに聞いたものです。

 それもご本人の口からではなく,この日の司会・進行を務められた遠藤誠治さんからでした。といいますのは,島袋さんが搭乗予定だった沖縄からのフライトが大幅に遅れていて,空白の時間ができてしまったため,その穴埋めとして遠藤さんが島袋さんについて語るなかで紹介された話だったからです。

 そのときの話によりますと,遠藤さんが島袋さんに,「基地も原発も,いわゆる弱者にしわ寄せさせているという点で同じ構造ですよね」と言ったところ,島袋さんに厳しく叱られてしまったというのです。その根拠は以下のようでした。

 オキナワとフクシマは同じ構造だ,という論説がまかりとおっているが,これはとんでもない間違いだ。一見したところ,そっくりに見えるし,表面だけをみればそのとおりだ。しかし,根本的なところに大きな違いがある。その違いは,フクシマは政府と地元との正式な交渉があって,一定の合意を得た上での原発設置だったが,オキナワの基地はそうではない,ということだ。つまり,オキナワは無条件降伏後のアメリカの統治下にあって,民意はいっさい無視,アメリカの思いのままに基地を設置した,ということだ。それを,そのまま日本政府が引き継いだ(1972年)だけだ。一度も,沖縄県民の民意を問われたことはない。

 それどころか,基地を移転する運動を長い間,必死になって展開してきたにもかかわらず,アメリカも日本政府も一切,無視して放置されたままだ。それは,いまもつづいており,沖縄県民の我慢も,もはや臨界点に達しつつある。そのことが,こんどの知事選で明白に示されたのだ。この長い年月を闘いつづけてきた基地反対闘争およびその到達点と,2・11以後の困難な情況に直面してからの問題とそれに対応する福島県民の姿勢とは,まったく異質なものなのだ。その点だけはしっかり認識しておいてほしい。

 このことを指摘されて,わたしは返すことばを失った,と遠藤さんは正直に告白されました。それを聞いていたわたしもまったく同じで,そこまでは思考がとどいていなかったことを恥じるしかありませんでした。

 と同時に,本土の識者やジャーナリストは甘い,と感じました。やはり,オキナワのことは遠いできごとにすぎないのです。ですから,どうしてもわたしたちの日常からは縁遠いものになってしまっています。そこから想像力を駆使して,いろいろオキナワ問題を考えたとしても,やはり観念論的な議論に終わってしまいます。しかし,沖縄で日々,空気を吸い,騒音を耳にし,さまざまな事件に直面しながら生きている人びとにとっては,それこそがまさに「日常」なのであって,すべての思考はそこから立ち上がり,深められていくわけです。

 仲里効さんのことばを借りれば,「エッジ」に立つ,ことしか選択肢はないわけです。それにくらべたら,本土のわたしたちは「茹でカエル」以外のなにものでもありません。ですから,本土で生きるわたしたちとしては,やはり,足しげく沖縄に通い,その場に立って,空気を吸うことから思考を立ち上げるしか方法はないのでしょう。

 遠藤さんが紹介してくださった島袋純さんの主張を聞いて,素直にそう思いました。そして,これまでのみずからの生き方を,深く反省した次第です。
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