2015年11月13日金曜日

「相撲は馬力です」。もどってきた尾車親方の名解説と嘉風。

 今場所は,横綱・大関などの上位陣が全員勢ぞろいしました。とても充実した取組が展開していて,楽しみな場所となりました。やはり,横綱が全員顔をそろえ,大関陣が元気な場所は,いやでも盛り上がってきます。こうなると幕内下位の力士たちも,いつもにもまして気合が入るようです。テレビ観戦をしていて,そのことをしみじみ感じます。

 今日(12日)で5日間の取組が終わり,序盤戦が終了。早くも明暗を分ける力士が登場し,これからの中盤から終盤に向けての予測をする上での重要な手がかりを与えてくれています。そんな中で,先場所から絶好調をつづけている嘉風に注目してみたいとおもいます。

 初日・鶴竜,二日目・稀勢の里とつづけて横綱・大関に土をつけ,三日目は大関・琴奨菊が対戦相手でした。そして,この日の解説が尾車親方(元大関・琴風)。しかも,尾車親方は嘉風の師匠。この相撲は立ち合いひとつで流れが決まる,とわたしなりに予測をしていました。そして,お互いに間合いをとって,混戦に持ち込めば嘉風,抱え込んでしまえば琴奨菊,と。はたしてこの一番,どういう展開になるのかとわたしは大いに注目していました。

 が,結果は予想に反してあっけなく勝負がついてしまいました。琴奨菊の立ち合いから一気のがぶり寄りで,一方的な勝負になってしまいました。好調を維持していた嘉風はなにひとつできないまま土俵下まで吹っ飛ばされてしまいました。まさに,琴奨菊の圧勝でした。

 嘉風を贔屓にしているわたしの目には,立ち合いの失敗,つまり,立ち遅れたようにみえました。ですから,琴奨菊の圧力をもろに受けることになり,嘉風は腰砕けのような格好で土俵下まで飛ばされてしまいました。それだけに,琴奨菊の立ち合いの鋭さ,前に出る圧力の凄さ,なりふり構わずがぶり寄る馬力の底力,そういったことばかりが目立ちました。みごとな大関相撲でした。

 この相撲の感想をアナウンサーから問われた尾車親方は,一刀両断のもとに「相撲は馬力です」と言い切りました。「いろいろの小技も大事ですが,基本は馬力です」,と。このひとことで,わたしはすべてを納得してしまいました。なるほど,馬力の前にはどんなに技をもってしても,なすすべもなく吹っ飛ばされてしまう,というわけです。

 もちろん,尾車親方はアナウンサーに問われるままに,さらに,きめ細かな解説をしていきます。それは聞いていて心地よいものでした。

 強い琴奨菊がもどってきましたねぇ。大関に駆け上がってきたころの琴奨菊を彷彿とさせますねぇ。この調子を持続させていくと,後半戦が楽しみですねぇ。ひと波瀾もふた波瀾も起きる可能性がでてきましたねぇ。ご当地場所だけに盛り上がるんじゃあないてすか。強い大関が復活してくると,他の大関にも大いに刺激となるでしょうし,横綱もうかうかしてられませんからねぇ。

 嘉風も悪くなかったですよ。ただ今場所は,絶好調の琴奨菊の立ち合いの圧力に圧倒されてしまいましたが,これを機にさらに立ち合いの鋭い踏み込みを身につければ十分戦える力をもってますからねぇ。相撲は負けて覚えるのですから。嘉風は悔しさとともにこの相撲を記憶しておいて,鋭い当りを磨くことです。来場所はまたどういう結果になるかわかりませんよ。

 と,負けた嘉風にもエールを送ります。尾車親方の解説は,病気で倒れる前の絶好調のときからいまにいたるまで,終始一貫して変わらぬひとつの鉄則があります。それは,勝った力士のいいところを引き出し,それを褒めあげることであり,ひるがえって,負けた力士には敗因をピンポイントで指摘した上で,そこを修正してくると来場所の取組はどうなるかわからないですよ,とエールを送ることです。この心遣いの優しさが聞いている者のこころに響きます。尾車親方の人柄がにじみ出ていると言っていいでしょう。

 そうして尾車親方の解説を聞いていますと,大相撲の醍醐味がどこにあるか,そして,そのふところの広さと深さが次第にわかってきます。それとともにわたし自身の相撲鑑賞の仕方がどんどん深化していきます。たとえば,土俵下の控えにいるときの所作,土俵の上での一つひとつの立ち居振る舞いまでもが重要な鑑賞の対象となってきます。そこには力士たちのこころの有り様が如実に現れているからです。

 その点からしても,最近の嘉風は土俵上の所作も大きく変化してきています。じつに楽しそうに,さあ,これから大好きな相撲をとるんだ,という雰囲気がふわりと伝わってきます。表情からして平常心そのまま。そして,どの力士に対しても同じテンポで仕切り直しをし,最後の立ち合いは,相手力士よりも早く両手をついてじっと待っています。つまり,相手の呼吸に合わせて立ち合います。これはみごとというほかありません。

 昨日(11日)は横綱・白鵬の立ち合い一瞬の変化でコロリと転がってしまいました。横綱はいろいろと批判を浴びることになってしまいましたが,負けた嘉風は,あんなことで転がってしまう自分が悪い,と反省しています。このあたりも「おみごと」というほかありません。

 そして今日(12日)も栃煌山に真っ向勝負にでて,まずは,立ち合いの当り負けを防ぎました。そのあとは,自分のペースの相撲に持ち込み,最後は双差しで寄り切りました。嘉風に先手,先手で攻められた栃煌山はなすすべもなく負けてしまいました。これが,嘉風の相撲です。

 明日は日馬富士との対戦。これまでの対戦成績は6勝2敗と嘉風が大きくリードしています。スピード相撲の激しい展開となり,その混戦を制した方が勝つというのがこれまでの対戦内容です。たぶん,明日もこのパターンは変わらないとおもいます。だとすると,どういうことになるのか,楽しみな一番です。

 嘉風がこの好調をとりもどした背景には,平幕力士のままで終わりたくないという反省があって,それから一心不乱に猛稽古をしたからだ,と聞いています。そして,やはり,なによりも立ち合いの当りの強さを磨いたのだ,と。ここで相手の勢いを一瞬,止めてしまえば,あとは自分のペースに持ち込めるというわけです。そして,もう一点は,一番一番,全力が出せればそれでいいのだ,と自分に言い聞かせ,相撲を楽しむことだ,と割り切れるようになったからだ,と。つまり,勝敗を度外視して,自分の相撲をとりきること,その一点を楽しむことだ,と。

 嘉風は位をひとつ上げたなぁ,とわたしは受け止めています。こうなりますと,どんな相手であろうと委細かまわず,淡々と相撲をエンジョイすることができるようになります。いいところに到達したなぁ,と嘉風ファンとしては大満足です。

 さあ,これから後半に向けての注目力士たちの活躍を期待することにしましょう。そして,尾車親方の解説の回数が多くなることを期待したいとおもいます。熱烈なる尾車親方ファンとして。 

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