2015年11月8日日曜日

「河童速報」。又吉直樹著『新・四字熟語』より。〇

 
「明日,午後から関東を中心に河童が大量に発生します」というアナウンスがラジオから流れてきた。河童速報を聞くと,いつも思うのだが『発生』ではなく『出没』じゃないのか。河童は生まれてくるのではなく,何処かに隠れて存在していた者達が目に見えるところに出てくるだけなのだから。
 僕と同じような考えから,『出没』ではないのかとクレームの電話をかける人が未だに多くいるらしい。
 元々,河童速報の始まりは,天気予報を告げるキャスターが入院している自分の子供に一刻も早く病気を治し,外に出たいという気持ちを持たそうと即興で言った嘘だったらしい。そのため,もちろん原稿も用意されておらず天気予報で頻繁に使われている『発生』という言葉が自然と口から出たのだろう。
 そのキャスターは幸運なことに解雇されなかった。その日が四月一日でエイプリルフールだったのと,東京で桜が満開になりみんな機嫌が良かったからだ。
 ただ,問題はその後に起こった。速報を耳にした一部の若い河童達が,河童と人間の間で何かしらの協定が結ばれ,その日だけは河童が街に出ることを許容されたと勘違いして実際に出てきてしまったのだ。
 人間達は驚いた。若い河童達はもっと驚いた。何匹かの河童は捕獲されたが,人間の政界に紛れ込んでいた天狗の仲立ちもあって,三日以内に解放された。事後処理として,発端となった河童速報を流した番組のスポンサーである酒造メーカーがエイプリルフールと引っかけて仕掛けたキャンペーンだったということにした。翌年からも,不自然ではないように,そのキャンペーンを実行した。それが今も継続されている。
 しかし,実際に河童と遭遇した人間達は口を揃えて『あれは着ぐるみなんかじゃない』と言った。
 今でも,あれは本物の河童だったと信じる者もいるが,ほとんどの人は都市伝説と認識している。河童速報という言葉を,人々は『嘘で言ったことが本当になる』というニュアンスで使っているようだが,我々河童達の間では『千年に一度のお祭り』という意味で使われている。

 
以上は,又吉直樹の『新・四字熟語』(幻冬舎よしもと文庫,平成27年,3版,P.159~161.)からの引用です。冒頭の書も,P.161.に掲載されている書家の田中象雨の手になるものです。じつは,この本は,又吉直樹の創案になる四字熟語とその解説に,田中象雨の書が加わった,一種のコラボレーションという形式をとっています。

 世間では,もともとお笑い芸人ではないか,と上から目線の人が多いようですが,どっこい立派な芥川賞作家です。冒頭の引用を読めば,そのことは歴然としています。ユーモアを語るにしても,じつによく目配りの効いた観察眼は尋常ではありません。読後にほっとさせる,心根のやさしさがほんのりと伝わってきます。

 新・四字熟語としての「河童速報」は,「嘘で言ったことが本当になる」というニュアンスと,「千年に一度のお祭り」というニュアンスとの二つの意味が籠められている,と又吉さんは解説しています。こんな,四時熟語がこのテクストには満載です。

 たとえば,「神様嘔吐」「馬面猫舌」「夕焼左折」「編曲過剰」「構内抱擁」「日常主演」「無駄目撃」「水玉刺青」「放屁和解」「裏声柔道」「幹事横領」「布団反復」「肉村八分」「素人八段」「返事天才」「元祖偽物」「便所便覧」「全力保養」「絶命読書」・・・・といった具合です。もちろん,お笑いのネタになりそうなものばかり。それでいて,どこか人間の本質に突き刺さるような諧謔が籠められています。読んでいておもわず唸ってしまうものも少なくありません。

 加えて,この四字熟語を「書」にしてページを飾っている書家の田中象雨の存在が,わたしの目にはとても印象的でした。一人の書家が,全部,書体を変化させ,四字熟語の意味を忖度して,みごとな「書芸」としてみせてくれているからです。この人の書だけをめくってみていても楽しめる,不思議な本になっています。

 近日中に,この人の書芸を取り上げて,論評をしてみたいとおもいます。書とはなにか,ということを考える上でとても役に立つとおもうからです。

 ということで,今日のところはここまで。
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