2015年11月3日火曜日

辺野古に機動隊100人投入。沖縄タイムスの反応。

 政府がなにがなんでも辺野古に新基地を建設しようとする強行姿勢に対して,翁長知事を筆頭に多くの沖縄県民は一歩も引かない姿勢を示している。これからますます新基地建設反対運動が過激化することを想定して,政府は辺野古に機動隊100人を投入するという。それを受けて沖縄タイムスの一面下のコラム「大弦小弦」が,沖縄県民のふところの深さとゆるぎない意思の強さのよってきたる所以を,みごとに言い当てている。

 広い意味での沖縄の特殊事情をみごとに言い当てているようにおもうので,引いておきたい。

 沖縄タイムス,11月2日朝刊一面,「大弦小弦」より転載。

 座り込む市民の中に,姉がいた。強制排除する機動隊の列には,弟がいた。オスプレイの配備が強行された2012年,普天間飛行場のゲート前。目が合い,二人は愕然とした──▼県警の警察官はここで共に暮らし,働いている。だから,こういうことが起きる。全国紙の記者に言わせると,「沖縄の警察は生ぬるい。東京だったらすぐに排除ですよ」となる。でも,県民多数の意思を肌で感じるから,むちゃはできない▼今,キャンプ・シュワブのゲート前でも,目をうるませる警察官がいる。年配の市民は「戦争に行くのはあなたたちだよ」と語り掛ける。現場が荒れた後も,最低限のつながりが生まれる▼そこへ,警視庁の機動隊を導入するという。沖縄の歴史と現状を知らない彼らの暴力が心配だ。抗議行動の「激化」は理由にはならない。一番激しかったのは昨夏だから。いまさら「長期化」でもない▼機動隊増派は,琉球処分で派遣された軍隊や警察を思い起こさせる。政府が反発を計算しなかったはずはない。新基地建設の強行へ,あえて力を見せつけ恐怖で支配する意図が見える▼安保関連法では根幹である憲法を破った。法の解釈や運用はどうにでも変えて,県との法廷闘争にも勝つつもりだろう。だが,政府が制御できないものがある。尊厳を踏みつけられる者の怒りだ。(阿部岳)

 解説は不要だろう。ただ,ひとことだけ感想を。わたしはこれを読んで胸が詰まった。このコラムを書いた記者のしなやかなハートと温かさと怒りの強さに。そして,いかにも「沖縄」らしいふところの深さを感じて。それに引き換え全国紙の記者のハートの冷たさに。この温度差こそが,辺野古問題を考えるときの,大きな分かれ目になっているのだ,と。

 かつて,このブログにも書きましたが,それこそ学生時代から購読していた朝日新聞に別れを告げて,東京新聞に乗り換えました。そして,しばらくして,沖縄タイムスもネット購読することにしました。お蔭で,沖縄をみる目,辺野古を考えるスタンスが一変しました。とりわけ,沖縄県民のハートをつかむ記事というものがどのようにして編み出されているのかがよくわかってきました。それはきわめて単純なことでした。それは読者に対して,いま,起きていることがらの「事実」をいかに的確に伝えるか,その一点にあるということ。たとえば,翁長知事とは反対の立場の主張もしっかりと記事にしているということ。つまり,政治的中立ということ。

 政治的中立ということは,賛否両論をあるがままに報道すること。そして,読者がそれらの主張について考える場を提供するということ。一方的な押しつけはしないということ。それを忠実に実行しているのが,いわゆる沖縄2紙といわれる琉球新報と沖縄タイムスです。その点で,この2紙は長年にわたって凌ぎを削ってきたのでしょう。ですから,全国紙などは遠く足元にも及ばない,真の意味でのジャーナリズムが生き生きと息づいていると言っていいでしょう。

 今日,紹介した「大弦小弦」の阿部岳さんのコラムはその典型的なもののひとつと言っていいでしょう。そんなおもいを籠めて,あえて,このコラムを紹介させていただきました。とくと,ご熟読のほどを。
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