2015年11月11日水曜日

「TPP,合意したした詐欺」。嘘ばっか。『世界』12月号より。

 『世界』12月号に,TPPに関する二つの論文が掲載されています。ひとつは,首藤信彦:アトランタに仕組まれた「TPP大筋合意」,もうひとつは,内田聖子:市民社会の価値とTPP──実態を覆い隠すご祝儀報道。これらの論文はきわめて明解にTPPの問題点を洗い出してくれています。これを読んで,日本の政府はいったいなにを考え,なにをやっているのか,というその背景がまるみえになってきました。まことにタイムリーな企画で,助かりました。

 といいますのは,「TPP,大筋合意」とにぎにぎしく報道され,とうとうそんなことになってしまったのか,とわたしは落胆していました。これはえらいこっちゃ,と。それにしても,なにが,どのように「大筋合意」したのか,その具体的な内容がさっぱりわかりませんでした。なのに,メディアの大半は熱烈歓迎のお祭り騒ぎでした。

 それを見越したように,政府は,あたかもTPP締結は時間の問題であるかのごとく振る舞い,その対応を急ぎ,TPP対策予算まで組みました。しかし,SNSを流れる情報などによれば,「大筋合意」をしたとしても,各論の具体的条項の詰めをし,「文書合意」を経て,各国の議会で承認をえるまでには,早くて2年,遅ければ4年はかかるだろう,ということがわかってきました。加えて,アメリカの次期大統領候補たちは,両陣営ともにTPPには反対の立場を鮮明にしています。となると,TPPは成立不能になるという可能性までちらつきはじめています。

 となると,TPP対策予算はだれのため,なんのためのものか,という疑念が湧いてきます。そこで,思いついたのが,政府自民党の深慮遠謀のさきにあるものは,来年の参議院選挙のための軍資金ではないか,というものでした。このことは,このブログでも書きました。でも,そのときは自分でも半信半疑でした。

 しかし,上記の二つの論文を読んで,わたしの推測がズバリそのものであったことが判明しました。やっぱりそうだったのか,と。

 ここでは,二つの論文を取り上げて,ひとつずつ論評するということはしないことにします。いささか乱暴ですが,二つひっくるめて,なにを言っているのか,という結論的なことだけを述べておきたいとおもいます。

 ひとことで言ってしまえば,「TPP合意したした詐欺」だ,ということです。そして,政府自民党が仕掛けた「情報操作」は「嘘ばっか」だった,ということです。この「嘘ばっか」は佐野洋子の短編集のタイトルを借りました。この作品の書き出しは「桃太郎には桃次郎という弟がいました」というものです。まさしく「嘘ばっか」を創作した作品です。つまり,政府がやったことはこれとまったく同じだということです。つまり,存在しない「桃次郎」を想定して,ひとつの物語を仕組んだというわけです。それは「詐欺」にも等しい行為だ,と。だから,今回の政府の演出した情報操作は「TPP合意したした詐欺」と呼ぶにふさわしい,というわけです。

 どういうことかといえば,以下のとおりです。

 「大筋合意」は日本政府だけが編み出したことば(=嘘)にすぎない,ということです。その根拠は,「大筋合意」をした声明文すら,どこにも存在しないからです。日本政府が勝手にそう決めつけただけのことです。この種の決めつけは,なにも日本政府だけではないようです。どの国も,みんな,自分たちにとって都合のいい部分だけを強調して,わが国はTPP交渉の場においてかく戦かえり,といった勝利宣言をしている,と上記の二つの論文が教えてくれます。つまり,どの国も,TPP交渉は政局の道具にされている,ということです。

 すなわち,どの国も「桃次郎」を創作して,都合のいいように宣伝をしたにすぎません。だとしたら,「大筋」どころか,ほとんどなにも決まってはいないに等しい,というのが現実のようです。もちろん,何点かは,詰めた議論が展開され,それなりの「落としどころ」をみつけて解散したようです。しかし,その「落としどころ」に,アメリカ国内では猛反発が起きている,そのために次期大統領候補は両陣営ともに「反対」を表明するにいたった,というのです。

 ひるがえって,日本はどのような交渉をしたのか。情けないことに,日本はほとんどの条項を丸飲みして,聖域を守るどころか,放棄してまでして,交渉分裂回避に全力を挙げていたというのが実態だった,と二つの論文は強調しています。

 ここでも,集団的自衛権と同じように,日本は徹底してアメリカの「ポチ」であることを高らかに宣言したも同然であった,というのです。

 主権国家としての日本はどこに行ってしまったのでしょうか。わたしたちはこれまで気づかないできてしまいましたが,どうやら「サンフランシスコ条約」は見せかけのものであって,その裏で結ばれた「日米地位協定」にしばられたままの,言ってしまえば,アメリカの植民地にすぎなかったのではないか,そして,いまもなお,この「日米地位協定」のもとに完全に支配されているではないか・・・・と。だから,沖縄の米軍基地問題はまさに,この「日米地位協定」の産物にすぎないのだ,と。すなわち,辺野古問題で,日本政府が,沖縄県民の民意を無視してまで強硬策をとらなければならない背景には,この「日米地位協定」があるからだ・・・・と考えざるをえません。

 もうそろそろ多くの国民が目覚めて,アメリカの「ポチ」であることから離脱する道を模索しないことには,この国の行く末は哀れとしかいいようがありません。

 窓の外では,木枯らしに近い「秋風」が吹いています。 
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