2015年7月26日日曜日

『103歳になってわかったこと』──人生は一人でも面白い(篠田桃紅著,幻冬舎刊)を読む。

 近所の大型書店に久しぶりにでかけてみてびっくり。売り場の配置換えがなされていて,すっかり様変わりをしていたからです。わたしの目的は,エアコンが壊れているので,猛暑を避けて涼をとるためです。その意味では,売り場を点検しながら,たっぷりと時間を過ごすことができましたので,大満足。

 意外な発見のひとつは,いま話題の又吉直樹の芥川賞作品『火花』(文藝春秋刊)が売り切れで
,かなり広いスペースの棚ががらんどうになっていたことです。へーえ,そんなに売れてるんだ,といささか驚きでした。わたしは,雑誌『文学界』に掲載されて話題になったとき,雑誌を購入して読んでいました。が,その後,単行本となって刊行されたときにも購入。やはり,雑誌で読むのとはちがった印象がありました。二回目ということもあってか,落ち着いて読むことができました。が,どういうわけか,家には2冊あります。どこかで買っていたのに,そのことをすっかり忘れてしまって,購入してしまったようです。こういうことは,最近,よくあることです。困ったことではありますが・・・。

 この本の感想については,もう一度,読み直してから書いてみたいとおもいます。なぜなら,一回目と二回目では,かなり違った印象が残ったからです。ですから,もう一度,先入観をかなぐり棄てて,無垢の状態で読み直してみたいとおもいます。

 まあ,書店の中を隈なく歩きまわり,全体像がかなりはっきりしてきましたので,そろそろ帰宅しようと思い立ったとき,ふと気になった本があったことを思い出し,それらを買って帰ることにしました。
 それは,つぎの3冊。

 『水木しげるの古代出雲』(水木しげる著,角川文庫,平成27年6月刊)
 『103歳になってわかったこと』──人生は一人でも面白い(篠田桃紅著,幻冬舎,2015年5月刊)
 『なぜ,地形と地理がわかると古代史がこんなに面白くなるのか』(千田稔監修,歴史新書,洋泉社,2015年7月刊)

 まだ,固い本を集中して読むだけの体力も気力ももどってはいませんので,まずは,こんなところから読書を楽しむことにしようかとおもった次第です。いずれも,ぺらぺらとめくりながら,気楽に読める本ばかりです。

 
そのうちの,篠田桃紅さんのものをまっさきに読みました。「103歳」になった篠田桃紅さんがみている世界とはどんなものなのか,そこに興味がありました。篠田桃紅さんの書は,一度みたらわすれない,独特のスタイルがあって,わたしの好きな書家のひとりです。ですから,わたしの頭のなかでは書家の篠田桃紅というイメージで固定されていましたが,この本の奥付をみますと「墨を用いた抽象表現主義者」となっていて,いささか驚きました。

 いずれにしましても,「103歳」の篠田桃紅さんが,いまみえている世界がどんなものなのか,この本のなかにみごとに映し出されています。あの書芸の鋭さとはまったく違って,なんともはや力の抜けた,悠々自適の世界を生きていらっしゃることがよく伝わってきました。まさに,生きているというよりは,ご本人もいうとおり「生かされている」という世界にどっぷりと身を沈めている,平安そのものの心境が語られています。

 わたしが敬愛してやまなかった大伯父の晩年の語り口が,いくどとなく思い出され,やはり篠田さんも同じ心境に達しているんだなぁ,と親近感を覚えました。それに引き換え,我が身のなんと生身の欲望の多いことかとあきれ果ててしまうほどです。もっともっと枯れていっていいんだ,そして,「生かされてある」というところに身を委ねていいんだ,と自分に言い聞かせている次第です。

 それにしても,「103歳」にして,いまなお現役のアーティストとして第一線の活動をつづけていらっしゃる,その飄々とした姿には,おもわず頭がさがります。「自らに由る生き方」をわがものとされた篠田さん,文字どおりの「自由な生き方」を,なにものにも束縛されない「自由」を大切にして生きてきた結果が,いまのわたしの生き方そのものです,と言い切ることのできる人・・・。

 わたし自身のこれからを,本気で考えさせられる本でした。
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