2015年8月2日日曜日

『水木しげるの古代出雲』(角川文庫)を読みました。出雲幻視の絶好のテクスト。

 この本の帯にもありますように,「いつか必ず描かなければならないと思った」と著者の水木しげるさんの思い入れのこもった一冊になっています。あの妖怪まんがで知られる水木さんが,地元の古代出雲に興味をもつのは当然といえば当然です。ですから,ずいぶん長い時間をかけて『出雲風土記』を筆頭に,『古事記』や『日本書紀』など,多くの基本文献を渉猟し(巻末に挙げてある参考文献だけで65冊),みずからの想像力をふくらませて描かれた,きわめて個性的な「古代出雲」世界の再現です。その意味で,とても面白い「まんが」となっています。

 
古代出雲の真相はいまもって謎だらけです。ですから,仮説の上に仮説を積み重ねながら,より説得力のある仮説を提示する,というのが古代出雲に関する研究の実態です。こうなってきますと,アカデミックな古代史研究者の書くものは,いかにも実証的であるようにみえて,矛盾だらけです。なぜなら,文献資料や考古遺物に縛られていて,そこから一歩も外にでようとはしないからです。つまり,想像力が排除されてしまうからです。

 その点,漫画家の描く古代出雲は,むしろ,その想像力を思いっきりふくらませた上で,ひとつのストーリーを紡ぎ出してみせます。とりわけ,水木しげるさんのような,妖怪の世界がみえてしまう人が,古代出雲を「透視」するとなにがみえてくるのか,ここが他の追随を許さない水木しげるさん独自の古代世界の再構築となるわけです。

 こまかな話はテクストに直接あたっていただくとして,水木さんが提示した古代出雲の全体的なイメージにわたしも同感でした。私見もまじえて,同感した点を述べておけば,それはつぎのような点です。

 たとえば,「国譲り」神話のでっちあげ。いかにも平和な話し合いで「国譲り」がなされたかのように広く受け止められていますが,これはま逆の話を封じこめるための仕掛けだったのではないか,というものです。つまり,出雲だけではなく,中国地方から近畿・東海地方にかけての主だった拠点はすべて出雲族(=オオクニヌシ=複数の人格の総称)によって支配されていた,そこに攻撃を仕掛けたのがタケミカヅチ(あるいは,神武/崇神)で,それはそれはとても激しい戦いが繰り広げられた,というのが実態のようです。その残滓ともおもわれる戦いの話が,トミノナガスネヒコと神武の戦いです。あるいは,タケミカヅチとタケミナカタの戦いです。タケミナカタは諏訪まで逃げ延びていきますが,とうとうこの地でつかまってしまいます。

 大きな戦いは制したものの,出雲族の残党は日本全国に散らばって,その勢力を誇示しています。この残党とどのように折り合いをつけるか,ここが神武/崇神(わたしは同一人物説に立つ)のもっとも苦慮したところだったのではないか,と考えます。その戦略が,オオクニヌシを出雲に隠居させ,その代わりヤマトの大王と同等とみなしうるほどの大きな社殿を建造し,その権威を温存させると同時に,スサノオの末裔に出雲国造職を与え,オオクニヌシの御霊を祀ることにした。そして,全国に散らばっている出雲族の残党(神々)は年に一度,出雲に集結して祭祀を執り行い,その力を鼓舞することで,一応の決着をつけたのではないか。

 したがって,神武/崇神以降の大王は,オオクニヌシやヒミコの拠点であったヤマトのマキムク(宮殿)を乗っ取って,全国を統治するための政治に専念することになる。しかし,もうひとつのまつりごとは出雲族が支配していた。その証が三輪山をご神体とするオオクニヌシを祀った大神神社の存在である。この地だけは,ヤマトのシンボルとしてこんにちにいたるもなお出雲族の拠点として君臨している。のちの大和朝廷(あえて推定しておけば,天智・天武・持統以後)もまた,三輪山信仰を大切に温存しつつ,出雲大社を崇めつつ,伊勢神宮の造営にも力を注いでいく。

 いわゆる日本の天皇制がその姿を明確にしたといわれる天智・天武・持統の時代にいたってもなお,出雲族の勢力は衰えることなく,地方に割拠していた。天皇家としては,つねに,出雲族との折り合いを上手につけていること,出雲族の承認のもとに天皇家を権威づけ,成立・維持していくことが大前提だったのではないか,というのが水木仮説をベースにしたわたしの「幻視」である。もちろん,これはあくまでも一個人の「幻視」にすぎないことを強調しておく。

 このような見地に立ったとき,全国に散在する「一の宮」の8割が,オオクニヌシを祭神としていることの意味が理解できるのである。

 水木しげるさんは,もっと凄い。なぜなら,古代出雲族の若者らしき人物が夜な夜な夢枕に立ち,われらの怨念を晴らすべく,古代出雲の正しい歴史を描いてくれ,と頼まれたのが,このマンガを描いた最大の動機である,という。

 そんなことも念頭におきながら,このマンガをめくってみてほしい。この猛暑を,ほんのいっときとはいえ,忘れさせてくれる妙薬として・・・・。暑気払いの一冊。
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