2015年8月14日金曜日

東京五輪エンブレムに赤信号。どうみても「パクリ」。他にも余罪?

 東京五輪2020にかかわる疑惑があちこちから噴出しはじめている。

 もっとも公明正大に行われているものと信じて疑わなかったいわゆる「コンペ」なるものも,なんだか怪しい雲行きになってきた。

 その発端となったのは,いうまでもなく新国立競技場のための「デザイン・コンペ」だ。このコンペの応募要領には,コンセプトも高さ制限も環境条件も,なにも明示されてはいない。だから,応募者は思いの丈を最大に拡大して夢を描いた。そして,ザハ・ハディド案の奇想天外な発想を安藤忠雄委員長が後押しをして,最優秀賞とした。ここが,新国立競技場問題の最大のつまづきの始まりであった。

 明治神宮外苑は特別風致地区に指定されていて,建物の高さ制限が,長年にわたって守られてきたところである。そのことを承知している日本人建築家は,みんな,そのことを念頭に置いてデザイン・コンペに応募している。しかし,ザハ・ハディドはそんなことは知らないまま,応募要領をみて,そのアイディアを思いっきり大きくふくらませてデザインをした。これに安藤忠雄委員長が飛びついてしまった(この人のいい加減さも,その後の言動をとおして明らかになっている)。すべては,ここからはじまった。

 問題が大きくなってきて,みるに見かねてアベ君が「白紙撤回」して「仕切り直し」に入ったかにみえるが,そうは問屋が卸さない。これから,ますます泥沼化し,やがて暗礁に乗り上げるのは必定だ,とわたしは類推している。この点については,いずれ,詳しく論じてみたいとおもっている。

 今回の主眼は,東京五輪2020のエンブレム。とてもシンプルで美しいデザイン・・・・と感動した。しかし,ベルギーのデザイナーから「盗作」ではないかとクレームがついた。詳細ははぶくが,これをうけて,デザイナーの佐野研二郎氏が緊急の記者会見を開いた。

 約1時間余にわたる記者会見に,じっと耳を傾けてみた。さすがに世界的に知られたデザイナーだけあって,理路整然とした説明に,なるほどと納得できるものが多かった。しかし,佐野氏が最大のオリジナリティとして主張した「コンセプト」の違いと,そこから展開されるデザインのヴァリエーションの多様性のところで,わたしは「おやっ?」と疑問をいだいた。

 なぜなら,デザインが似ていても,「コンセプト」が違えば,オリジナリティを主張することができるのかという点と,さらに,このデザインを基にして,さまざまな映像としてヴァリエーションを展開できるところまで考えれば,そのデザインは佐野氏のオリジナリティによるものだ,と主張することができるのか,という2点に疑問を感じたからである。

 この点については,当日の記者たちからも,何回も繰り返し質問がなされたが,佐野氏の応答は,同じことばの繰り返しでしかなかった。つまり,オリジナリティとはなにか,という問いに対して一般論としての応答はしたものの,今回のデザインのオリジナリティはなにか,という問いに対する佐野氏の応答はいちじるしく説得力を欠くものであった。

 つまり,「コンセプト」が違えば,似たようなデザインになにがしかのアイディアを追加すれば,それでその作品のオリジナリティは成立するのか,という問いに対して佐野氏は用意してきた同じ応答を繰り返すことに終始したのだ。自信満々だった表情にも,ぐらりと揺れるこころの動揺が,わたしの目にも見て取ることができた。その瞬間である。わたしが「おやっ?」とおもったのは・・・。

 この会見があったのち,ネットでは,「コピペ」の常習犯だ,という批判が相次いでいる。しかも,その実例を画像で提示しながらの批判である。単なる誹謗中傷ではない。それらを一つひとつチェックしていくと,ああ,これはもう駄目だ,とわたしのような素人でも納得せざるをえない。

 大手メディアは,箝口令を敷かれているのか,まだ,表沙汰にはしていないが,やがて,この問題は取り上げざるをえなくなることは必定だ。

 森喜朗組織委員会会長は,自信をもってこのエンブレムを使っていく,と宣言したが,はたしてどうか。やがては,このエンブレム選出の舞台裏も明らかになってくるだろう。そこには,どうやら,新国立競技場のデザイン・コンペと同じような実態が隠されているようにおもえてならないのだが・・・・。それは単なる杞憂にすぎないのだろうか。

 日本という国家の箍がはずれてしまって,なにもかもがガタガタになってしまった,その一端がここに表出しているにすぎないのでは・・・・とわたしは悲観的になる。戦争法案,辺野古新基地,フクシマの放置,原発難民の放置,加えて川内原発再稼働と,国際社会の笑い物になる話題ばかりが日本から発信されている。そこに,東京五輪2020にかかわる醜聞の露呈である。こちらは,まだまだ,これから際限なくでてくる。

 それに呼応するかのように,火山,地震,集中豪雨,雷雨,竜巻,と自然界までもが加担してくる。こちらも,どう考えても偶然の一致ではなさそうだ。そのうち,お化けや亡霊があちこちで出現することになるのではないか,とわたしは大まじめに考えている。

 国家の基ともいうべき「立憲デモクラシー」をときの政権が無視して平気でいられる,というこの異常さこそが,すべての根源だ。ここから「建て直す」こと,これがいま国民に課せられた喫緊の課題だ。ふんどしを締め直して,本気でとりかからねばならない。

 今夕には「70年談話」が閣議決定を経て,公開されるという。
 はたして,その内容やいかに。世界中が注目している。
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