2015年8月8日土曜日

書物の記憶。『夜の鼓動に触れる』(西谷修著,ちくま学芸文庫,2015年)をいただく。

 20年前の西谷修さんの名著『夜の鼓動に触れる』の復刻版が,ちくま学芸文庫から出版されました。西谷さんから直接,手わたされ感動。奥付をみますと「8月10日発行」となっていますので,書店に並ぶのはまだこれからでしょう。

 『夜の鼓動に触れる』は東京大学出版会から1995年に刊行されました。このときも西谷さんはわたしのような門外漢にも,本をプレゼントしてくださいました。20年前ですから,わたしがちょうど57歳のときです。ということは,西谷さんは45歳。この本には「戦争論講義」というサブタイトルがついていますように,西谷さんが東大教養部で講義をされたときの講義録がもとになっています。

 もう少しだけ付け加えておきますと,東大教養部でカリキュラムのなかに新しく「現代思想」という講義科目が追加されることになり,その講義内容として「戦争論」を語って欲しいとの依頼があって,それを受けての西谷さんのお仕事だった,ということです。詳しくは,本書の「はじめに」のところに述べられていますので,そちらを参照してみてください。

 わたしは西谷さんのジョルジュ・バタイユ研究に早くから惹かれるものがあって,ぼちぼちと「現代思想」への挑戦をしていました。ですから,このテクストがでたときには,ある程度のレディネスができていました。そのせいでしょう。わたしは,このテクストを一気に読むことになりました。そして,とても大きな衝撃を受けることになりました。

 それは,ヘーゲル哲学からハイデガー哲学への転換,そして,そのハイデガー哲学を批判的に継承しつつ超克していこうとしたバタイユ哲学,そのバタイユ哲学にはたしたニーチェの役割など,そういう骨格がこのテクストによって,わたしなりに腑に落ちたからです。言ってみれば,ヘーゲルの形而上学(認識論)からハイデガーの存在論への転換,そして,ヘーゲルとハイデガーの哲学を両睨みしながらニーチェの「生の哲学」を引き受けつつ,さらに「存在論」の奥深くにまで分け入っていったバタイユの思想・哲学的位置づけが,ようやくわたしの視野のなかに入ってきたからです。

 遅れてやってきた青年(大江健三郎)ではありませんが,わたしは57歳にしてようやく思想・哲学の入口に立つことができました。以後,こんにちまでの道は迷いのない一直線でした。そして,バタイユを読めば読むほど,わたしの遺伝子のなかに組み込まれているらしい禅仏教の世界,とりわけ道元の『正法眼蔵』やその解説本でもある『修証義』,そして『般若心経』の世界にものめり込むことになりました。

 そして,その上に立って,長年取り組んできたスポーツ史研究の根源的な見直しやスポーツ文化論の脱構築を試みる,といういまのわたしの思考のスタンスができあがってきました。その大きなターニング・ポイントとなったテクストが,この西谷さんの『夜の鼓動に触れる』でした。

 そして,何度も何度も,「夜の鼓動に触れる」とつぶやきながら,なんと恐るべき深さをもった書名であることか,と感嘆したものでした。つまり,「昼」の近代が否定してきた「夜」を,いま一度,思考の真っ正面にすえて,人間が「存在」することの意味を根底から問い直そうという恐るべき思考実験をそこにみたからです。しかも,そのためのもっとも重要な思考の窓口として「戦争」を設定し,戦争をする人間とはいったいなにか,と問いかけていきます。

 この手法は,これまでの思想や哲学とは次元のことなる,まったく新しいものでした。それを,西谷さんは「現代思想」という講義科目のなかで展開しようと試みたわけです。いま,現在の西谷さんの頭のなかでは,おそらく,これぞ「チョー哲学」のひとつのサンプルなのだ,とにんまりされているのではないかとおもいます。

 思い返せば,このテクストは,『読書人』が毎年暮れに行っている「ことしの3冊」という各界の名士たちを対象にしたアンケートで,多くの人に取り上げられた話題の書物でした。そういう名著が,20年の時を経て,こんどは「ちくま学芸文庫」から復刻されました。

 神戸からの帰りの新幹線のなかで,あちこち拾い読みをしてみました。いつものことですが,西谷さんの本は,何年経っても「古くならない」,素晴らしい鮮度をいまも保っているということにいまさらながら驚かされました。そして,巻末には,「20年目の補講──テロとの戦争について」が書き下ろしで追加されています。そこに書かれていることは,こんどの集中講義でもこってりと語ってくださっていましたので,これまた強烈な印象を残すことになりました。

 やはり,こんどの神戸行きは大正解だった,と家にたどりついてしみじみおもいました。西谷さんの集中講義の醍醐味をたっぷりと味わうことができたことがなによりの滋養となったことはもちろんですが,加えて,心配してくれていた親しい友人たちとも術後,初めてお会いすることができたからです。

 これを糧にして,これからの体調管理に取り組みたいとおもいます。そして,このテクストも,じっくりと味わい直してみたいとおもっています。たぶん,以前とはまた違った強烈な知の地平を切り拓いてくれるに違いありません。それを楽しみに。

 みなさんも,是非,手にとって熟読玩味してみてください。まぎれもない名著です。
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