年々,暑中見舞いなるものが激減している。ことしは,まだ,3通のみ。その3通目にとどいた暑中見舞いが「いま,安曇野のちひろ美術館にきています」というものだった。
もちろん,ちひろの絵はがきで。「カーテンにかくれる少女」。画面の8割はブルーのカーテン。それも,ただのブルーではない。いかにもちひろらしい工夫の結果のブルー。眼の覚めるようなブルー。これだけで,安曇野の涼しい風と空気を運んでくれる。清涼感でいっぱい。そんなブルーのカーテンにかくれている少女の顔と赤い靴下をはいた足だけが,ちらりとみえている。残りの空白は,淡い,ほんとにあるかないかの,かすかな紫。しかし,この少女,どこか寂しげだ。絵はがきの説明を読んでみると,『あめあがりのおるすばん』という絵本からの抜粋とある。なるほど。おるすばんしている少女なんだ。だから,どことなくつまらない,寂しいまなざしをやや下にむけて,なにかを見つめている。
早速,東京のちひろ美術館へ行ったときに買ってきた『ちひろBOX』(作品280点余を収録)で調べてみた。あった,あった。送ってくれた絵はがきは,カーテンにかくれている少女だけをズームアップして,編集してあることがわかった。実物は,横長の大きな画面で,絵はがきになっている部分は全体の四分の一に相当する。そして,少女の寂しげなまなざしのさきには,黒い電話(むかし風の)が,どこかから引っ張りだしてきて,長い電話線を伸ばしたまま,部屋の真ん中に無造作においてある。たぶん,この電話に「帰るよ」コールがかかってくる約束なのだろう。まだ,かかってこない。あまりに遅いので,じゃあ,隠れてしまおう,と思いつく。カーテンの陰に隠れてみたものの,電話も鳴らない。寂しくなって,早く電話が鳴らないかなぁ,でも,隠れていよう,という迷いの表情が少女の顔になっている。みごとである。
画面の右上の隅っこには,白いネコが退屈そうに寝そべっている。絵本では,見開き2ページにわたって一枚の絵が独占している,そうだ。左側のぺージの半分に,この絵はがきの,カーテンにくるまっている少女が位置していることになる。それ以外は,電話と白ネコが小さく描かれているだけ。あとは,全面,余白である。この全体を眺めていると,少女の寂寥感がひしひしとつたわってくる。ちひろの,じつにきめ細かな演出と編集のうまさが,この絵のなかにもみごとに表現されている。やはり,ちひろは天才だ。
と感心していたら,そういえば,松本猛さんが長野県知事候補に立候補していて,いま,選挙戦の真っ最中であることを思い出した。ちひろさんの一人息子である。ちひろの絵の男の子のモデルとしてもよく知られているとおり。父上は松本善明さん。元衆議院議員。東京から立候補して,早くから当選し,活躍した代議士。共産党のいけめん青年として登場した。そのご子息だから,さてはて,選挙の結果やいかに。新聞などの情報では,元副知事二人が,民主党と自民党の二手に分かれて,全面対決の姿勢だという。どちらの党も,全力を挙げて,選挙戦を繰り広げていて,互角だという。しかし,この元副知事さんは,いずれも東京出身の人。松本猛さんだけが地元長野県の育ちで,いまも,地元のいくつもの美術館の館長さんとして活躍している。安曇野あたりの地元の人たちの声では,やはり,長野県人がいい,と。でも,いわゆる組織票はみんな,民主党か自民党に流れていくそうで,問題は,浮動票のゆくえがどうなるか,だそうだ。意外に三等分されて,僅差で,好運をつかんだ人が当選するのでは・・・とわたしなどは勝手に想像している。こころのどこかに,松本猛さんが知事になったら,ちょっと面白いのではないか,とおもったりしている。いわゆる政党の手垢にまみれていない,アーティスト的な純粋さで,まったく新しい県政をリードしてくれるのではないか・・・と。民主党がなっても,自民党がなっても,長野県の県政は大して変わらない。漁夫の利を,松本猛さんがうまく拾うことができるかどうか。
などと,こんなことまで考えさせてくれた,今日の絵はがき・暑中見舞いでした。
わたしのブログも読んでくれていて,わたしのちひろ好きを知っていて,その上で,この絵はがきを選んでくれたのだろう,と想像する。そのこころ配りが嬉しい。
そうだ,また,いつか,たったひとりで,安曇野のひちろ美術館を尋ねてみたい。そして,まる一日,あの美術館の外にある庭園もふくめて,のんびりと鑑賞してみたい・・・・秋がいいかなぁ,周囲の山々が紅葉するあたりにでも・・・・。あの広々とした美術館のまわりの芝の上にでも寝ころんで,大地に沈み込んでいくか,それとも大空に吸い込まれていくか,大自然のなかにとろけてしまうような,あるいは,そうではない別の内在性の疑似体験のようなものでもしてみたいものだ。
こんなことを夢見るだけで「幸」せになる。ありがとう。「幸」。
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