2010年11月10日水曜日

柏木さんの能面展(実践女子大学)をみてくる。

 今日の水曜日(午前)は太極拳の稽古の日。いつものように,稽古のあとのハヤシライスを食べて,その足で実践女子大学へ向かう。
 実践女子大学は中央線の立川の隣の日野にある。稽古場のある大岡山(大井町線)から,ほぼ1時間。日野駅からは徒歩で10分ほど。高台の閑静な住宅街にある。女子大らしいとてもきれいな建物で,正門を入ってからの広場も落ち着きのある空間で,とてもいい雰囲気。正門を入ってすぐの建物が香雪記念館。この記念館の入り口手前のところに,この学園の創設者下田歌子さんの歌碑があって,それが校歌の一番になっている。しかも,ご丁寧に,ボタンを押すと校歌が流れてくる設備があったので,まずは,その校歌を聞いてみる。なかなか落ち着いた気持ちのいいメロディーが流れてくる。
 柏木さんの能面展は,この香雪記念館の中の一室で開催されていた。この13日(土)・14日(日)は大学祭でもあり,その企画とも連動してのものと聞いている。予想したよりは広い部屋の三つの壁面に,びっしりと能面が展示してある。すごい迫力で,まずは,圧倒されてしまった。柏木さんは,その部屋の一角に坐って能面の制作をしながら,見学にきた学生さんとお話をしていた。とても楽しそうに,いつもの明るい表情で。
 メインの展示は,大学側の依頼を受けて制作したという,大学の創設者下田歌子さんのお面である。三つの壁面の真ん中の壁面の,その中央に朱塗りの漆の額に収まっている。たくさんの能面の中でも,ひときわ輝いた存在感を示している。どう表現したらいいかわからないが,不思議な美しさと気品が漂う。なかでもわたしのこころを捉えたのは「眼」の力である。右目と左目のつくりが微妙に違っていて,そのほんのわずかな差異が驚くべき力となってわたしに迫ってくる。このお面に籠めた柏木さんの思いが伝わってくる。
 昨日の柏木さんのブログにも書いてあったように,この下田歌子さんのお面を制作するにあたっては,相当のご苦労があったようである。そのブログによれば,以下のとおりである。下田歌子さんといえば,すでに歴史上の人物である。お顔についても,古い写真をとおして知る以外に方法がない。そこで,いろいろの人に下田歌子さんについてのイメージを尋ねてみると,みんな一人ひとり違うイメージをもっていることがわかる。それらを一つにしてまとめることはとても不可能だ,と気づく。では,どうしたらいいか。さんざん考えあぐねた結果,わたしのイメージをそのままお面にするしかない,つまり,わたしの下田歌子さん像をそのまま制作する,その一点に到達したという。あとは一直線だった,と。でも,この作品を制作する過程では,いろいろのアイディアがつぎつぎに浮かんできて,まったく新しい創作面になった,とのことである。どうやら,柏木さんは,この作品との格闘をとおして,また新しい境地に立たれたようだ。
 「創意工夫」ということばが柏木さんの口からよく飛び出す。伝統的な能面の制作にはむかしからの約束事があって,それを忠実に守れば,ある程度の作品はできるとおっしゃる。でも,それでは満足できなくなって,自分の納得のいく作品を制作しようと思ったら,そこに新たな「創意工夫」を加えていくしかない。つまり,職人としての面打師から芸術家としての能面アーティストへの転身である。こうして,柏木さんの世界は一気にはじけた,とわたしはみる。しかし,創作面には,最初からお手本がない。どうするか。「創意工夫」以外にない。この「創意」「工夫」することが楽しい,と柏木さんはおっしゃる。なるほど,なるほど,とわたしはこころの底から納得する。
 なぜなら,伝統面の約束事の世界を突き抜けて,そのさきに広がる無限の世界に飛び出してしまうと,もはや,見習うべきお手本はなにもなくなってしまうからだ。そこは,まことに自由であると同時に孤独でもある。なんの拘束もなければ規範もない。頼るは自己のみである。となると,あとは,自己と自己をとりまくすべての環境世界との「対話」(innewerden )しかなくなる。ゲーテは「自然がわたしの教師である」と言った。まさに,その境地に柏木さんは立つ。
 こうして,柏木さんは創作面の世界に,たったひとりで踏み込んでいく。まさに,孤高の世界だ。その孤独に耐えながら,こころもからだも限りなく解き放ち,かつ,つねに「創意工夫」を楽しむ。そしてとうとう,小面から般若までを100分割してみようと思い立つ。そのためには,無限に広がる女性のこころの機微の表出を,その瞬間,瞬間のうちにとらえ,それを創作面として制作するという,大冒険に挑戦することになる。
 今回の展覧会にもその一部が展示されている。これがまた,とてつもなく面白い。その大胆な発想と,なにものにも拘束されない自由な表現が,みごとにマッチングしていて,みる者のこころにスルリと入り込んでくる。柏木さんの観察眼の鋭さとユーモア精神と表現力の豊さが,一つひとつの作品に結晶している。能面アーティスト柏木裕美の面目躍如である。
 そうした創作面と対面するかのように,反対側の壁面には伝統面がずらりと並んでいて,これまた圧巻である。
 この展覧会は,12日(金)はお休みだが,14日(日)まで開催されている。柏木さんの能面の世界に触れる絶好のチャンス。時間の許す人は必見である。
 いいものを見せていただいた,と大満足して帰路につく。
 こうなってくると,来年の2月に予定されている銀座・文藝春秋画廊での展覧会が楽しみになってくる。いったい,どんな作品が,どんな風に並ぶのだろうか。大いに期待したい。

0 件のコメント: