2013年6月25日火曜日

全柔連上村会長のけじめのつけ方にひとこと。

 昨日(24日)に開催された全柔連理事会のあとの上村会長の記者会見で,つぎの理事会(10月予定)の結果をみとどけて辞任したいと発表。自分の手で「改革」をなしとげることが使命,それがうまくいけば辞める,という。ということは,うまくいかなければ「辞めない」ということだ。

 なんともはや,心根が腐っている。いま,現在の,全柔連会長としての「けじめ」のつけ方がまったくわかっていない。そのことをきちんと教えてくれる人もいない。はだかの王様と同じだ。こうなるとみじめとしか言いようがない。全柔連のほかの理事の人たちはなにを考えているのだろうか。こちらの方も硬直化してしまった組織のなかで,沈黙を守るしかないようだ。こんな組織体に「改革」ができるはずもない。自明のことではないか。

 新しく女性理事4名を加えることが「改革」だと思っているとしたら大間違いだ。これは世を憚るための単なるめくらまし(猫騙し)にすぎない。4名の女性理事を加えたからといって,先輩・後輩のしがらみで硬直化してしまった組織体にはなんの関係もない。世間がうるさいから,添え物として入れておこう,くらいの感覚ではないのか。

 もし,この4名の女性理事のなかで,比較的自由に発言できるとしたら橋本聖子外部理事だけだろう。それでも,橋本聖子氏のこれまでの言動の印象では,こころもとない。自分の役割をきちんとこなすだけの度量があるとは考えにくい。彼女はどこまでも自民党参議院議員としての立場にこだわり,その上での計算・打算で動く人でしかない。全柔連のあり方そのものを大所高所から「批判」するだけの見識も度量もあるとは思えない。それ以前に多勢に無勢だ。

 ましてや,他の3名の元柔道選手の抜擢も,現体制維持に都合のいい人材を選んだことは目に見えている。おそらく,この3名の指名された理事は,なんの疑問をいだくこともなく,すんなりと引き受けるだろう。その程度の認識しかないのだから。だが,そここそが大問題なのだ。

 もし,今回の不祥事の本質がわかっているとしたら,執行部が現体制のままでは引き受けられない,と拒否すべきだろう。それが「15名」の勇気ある女子選手たちの「直訴」への,良識ある応答の仕方というものだ。その点,山口香さんの眼力は鋭い。今日(25日)の『東京新聞』には,このことを力説する山口香さんの発言がきちんと報道されていた。この人はものごとの本質をきちんと理解している。みごとだ。

 一度,腐らせてしまった組織は,もう元には戻れない。ましてや,みずからの手で元に戻すことなどは,余程の奇跡でもないかぎり,不可能だ。新しいワインは新しい革袋に入れろ,という(『新約聖書』マタイ伝第9章)。もともとの意味は,新しいワインを古い革袋に入れると,新しいワインが発酵して(当時のワイン)古い革袋を破ってしまい,こぼれてしまうからだ,という。このことを援用して,イエス・キリストが「ユダヤ教のなかにキリスト教を入れることはできない」という比喩として「新しいワインは新しい革袋に入れろ」と言った,と辞典には書いてある。

 せっかくの4名の新しい女性理事を受け入れるのであれは,その組織体は執行部総入れ換えをしたあとの,まったく新しい全柔連でなくてはならない。そうしないと,いまの全柔連という古い組織体は恐ろしいほどに硬直化しているので,そっくりそのまま飲み込まれてしまう。つまり,朱に交われば赤くなる,を地でいくようなものだ。しかし,ことばの正しい意味で「新しいワインを古い革袋に入れる」と,この4名の女性理事が,本来の理事としての役割をはたせば果たすほどに,古い全柔連という組織体が壊れてしまう,ということになる。そんなことはこれまでの全柔連理事会をみているかぎりでは,まったく期待すべくもない。

 結論は,全柔連は一度,組織解体をして,基礎から立ち上げるしかない,ということだ。そのための蛮勇を奮うことこそ,いまの上村会長のとるべき「けじめ」ではないか。

 それを「10月を目処に辞任」だって? そうではないでしょう。「今でしょ!」

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