2015年9月18日金曜日

あの「強行採決」の結果を,だれが「可決」と認めるのか。議事録もない,なにも確認できない「採決」は「無効」だ。

17日の参議院・特別委員会の一部始終をテレビでしっかりとみていました。委員長不信任動議が否決され,委員長が委員長席に着席したところから,委員長席に佐藤正久理事が歩みより,それを契機にして与党議員がいっせいに委員長席に駆け寄り,委員長席を取り囲む。遅れて,野党議員が委員長席に駆け込む。そして,大混乱となる。

そのあとは,委員長がなにを言っているのか,なにも聞こえない。佐藤理事が委員長を囲む輪のなかに頭を突っ込むようにして,なにかを聞き取り,それを与党議員に「立て」と手で合図。与党議員はその合図に呼応して,立ち上がり,ばんざいと拍手。あとは,野党の議員もふくめて全議員が立ちっぱなしのまま。なにが,どのように議決されたのかは,与党議員も野党議員もなにもわからないまま,大混乱がつづく。

委員長席の周囲を,ボディ・ガードよろしく固めた与党議員は,からだを張って委員長を守っただけで,賛成の意思表示もしていない。ただ,野党議員の抗議から委員長を守っていただけだ。国会の守衛さんと変わらない。この中には,バッジをつけていない「人」もいた,という。佐藤理事は,途中で,野党議員に強烈なパンチを見舞ってもいる。こうなると,「ビデオ判定」が必要となる。

委員長の声も聞こえない,早々に安倍総理は退場してそこにはいない,議員による賛成を示す「起立」も判然としない(ずっと立ちっぱなし),議事録もない,もちろん,委員長には賛成議員を確認することもできない,しかも,「よって本案は可決されました」という委員長の宣言も聞こえない,そのまま委員長は国会の守衛さんに守られて委員会室を退場。

 こんな議決の仕方は,前代未聞だ。しかも,これで「可決」された,とメディアは報道する。いったい,なにを根拠に「可決」されたというのか,わたしには理解できない。委員長がたったひとりで,「可決」と判断し,参議院議長に報告すれば,それで「可決」となるとでもいうのだろうか。

 ここは少なくとも「議事録」を確認し,「議事録」が存在しない場合には,この「可決」は「無効」として,採決のやり直しをすべきではないのか。その手続をも「無視」して,参議院では「可決」を当たり前のこととして,最終議決に入ろうとしている(これを書いているこのとき,まさに,進行中)。

 いま,行われている大相撲でも,行司の軍配にたいして勝負審判は「ものいい」をつけることができる。そして,土俵の上にあがって協議をする。意見が分かれた場合には,「ビデオ判定」が行われる。それでも,「判定」が分かれる場合には,「取り直し」となる。

 これが,ものごとが判然としない場合の,世の中のひとつのモデルだ。大勢の人が納得する上で,必要不可欠な手段なのだ。

 参議院・特別委員会の「強行採決」は,どう考えてみても,委員長も,それを取り巻いていた議員も,議員席にいた議員も,だれひとりとして,「採決」の結果を確認することはできなかったことは明々白々である。したがって,これは「仕切り直し」以外の方法はない。この手続を「無視」して,かりに参議院で「可決」されたとしても,この法案はなんの根拠ももたないことになる。孫末代までも「禍根」を残すことになる。

 こんなことを放置しておいていいのか。ジャーナリズムはなにをしているのか。怒りを籠めて,訴えたい。断じて許せない。もはや,日本の国会は「無法地帯」と化してしまっている。
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