2013年1月23日水曜日

ことし初めての李老師のレッスン「下半身は股関節,上半身は肩関節をゆるめること」(語録・その26.)

  いつものように稽古をはじめていたら,ひょっこり李老師が顔をみせてくださり,びっくり,そして,大喜び。ことし最初の李老師によるレッスンとなりました。それまでだらだらと準備運動をしていましたが,李老師が来られた瞬間から,みんなビシッとストレッチに取組みはじめました。そして,いつもとはまったく違う緊張感のもとでの稽古がはじまりました。ありがたいことです。

 そして,久しぶりの李老師のレッスンでしたので,わたしたちの自己流の悪いクセがでていたようで,いろいろと細かいところを指導していただきました。これまで気づいていなかったいくつものポイントも指導していただきましたので,これからの稽古の目標がより明確になってきました。

 そのなかでも,今日のポイントは「下半身は股関節,上半身は肩関節をゆるめること」というご指摘でした。これまでの稽古でも「股関節をゆるめる」ということばは何回も繰り返し言われてきましたので,それなりにわかったつもりでいました。が,まだまだ,道は遠く険しいということがわかってきました。そこに,今回は「肩関節をゆるめる」というご指摘がありました。これまでは「肩の力を抜いて」という注意でした。が,「抜く」と「ゆるめる」では大違いである,この差は大きいということが,わたしなりに理解できました。これは,ある意味で,驚きでした。

 このことを指摘されたのは,ダオジュアンゴンの稽古のときでした。たとえば,前に伸びている左腕をうしろに下がりながら引き戻し,引っ張られて出てきた相手の顔を右手で突き返す(攻撃する),この意識が足りないというご指摘でした。そして,このとき,上半身は肩関節をゆるめなさい,同時に,下半身は股関節をゆるめなさい,そうすれば無理な力を使うこともなく,流れるような身のこなしとともにダオジュアンゴンの技が完成します,と李老師は仰ったのです。

 最初,わたしにはなんのことを仰っているのかわからなくてキョトンとしていました。李老師は,すぐに,何回も何回も,みずから示範してくださって,説明をしてくださいます。それでも,まだ,理解できませんでした。そうしたら,Nさんが,こういうことですよね,といって実践してみせてくれました。李老師は「そうです!」と大きな声で応答。そこで,はじめて,わたしの理解の扉が開かれることになりました。

 どういうことなのかといいますと,以下のとおりです。Nさんは,李老師の言われたとおりに,前に伸びている左腕を引き戻す,そして,右腕で攻撃する,という意識を全面に表してやってみせてくれたのです。それで気づいたのは,李老師の示範は,あまりに滑らかすぎて,どこで,なにをしているのか,わたしの眼にはまったくとらえることができなかったのです。それを,Nさんが,技の防御と攻撃という意識を明確にして,見せてくれたというわけです。

 さあ,ここからが問題です。なるほど,意識してやらねばならないこと(技の意味)はわかったものの,どうしてもギクシャクしてしまって,動作がうまく流れていきません。つまり,ロボットが動くような,機械的な動きしかできません。そこで,飛びだした李老師のことばが「下半身は股関節,上半身は肩関節をゆるめなさい」というものでした。これで,すべてのことがらが,わたしの中で一気に氷解しました。なるほど,そういうことだったのか,と。

 わたしの理解は,ダオジュアンゴンの技の全体が,「ゆるめる」ことで成り立っている,ということでした。つまり,たとえば,肩の力を「抜く」のではなく,肩関節を「ゆるめる」こと,そして,同時に股関節を「ゆるめる」ということ,これらのすべてが同時に進行していく技,それがダオジュアンゴンだということです。そういえば,武術の技の基本は「ゆるめる」ことで成り立っている,ということを思い出しました。日本の古武術も原理はまったく同じです。

 ここまで理解できたら,あとは,稽古あるのみです。どこまで股関節をゆるめ,肩関節をゆるめることができるようになるか,意識的な反復練習しかないのでしょう。そして,気づいたら,全身がゆるんでいた,というのが理想でしょう。

 李老師は,わたしのやっている悪い見本をじつに上手に模倣してみせてくださいます。それはそれはみごとなものです。その上で,そうではなくて,こうです,といってやってくださる上手の見本になると,とたんに,なにをしているのかわたしの眼にはとらえることができません。この間に横たわる深い溝はいったいなんなのでしょう。

 そうか,太極拳の奥義への道は遠く,険しい,としみじみ思いました。が,なんとか手がかりはつかめたように思いますので,これから頑張って,李老師のような流れるようなみごとなダオジュアンゴンに挑戦してみたいと思います。太極拳の究極の理想は「行雲流水」だと李老師から教えてもらっています。その鍵を握っているのは「ゆるめる」ことなのだ,と今日,こころの底から納得しました。そして,この「ゆるめる」が,すべてにゆきわたったとき,たぶん「行雲流水」が表出してくるのだろうなぁ,と想像しています。

 つぎに,李老師が顔をみせてくださるときまでに,少しでも腕を上げておきたいのもです。
 李老師にこころから謝謝です。新年のお年玉をもらったような気分です。

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