2013年12月9日月曜日

「原発ゼロ」を撤回だどっ?どさくさまぎれの泥棒根性。許しがたい。

 とうとう「12・6」というおぞましい記念日が誕生した。民意を無視して,ついに「特定秘密保護法」を成立させてしまった政権与党。1941年12月8日午前3時(日本時間)にパールハーバーに奇襲攻撃を加えた「12・8」という恐るべき記念日を知る人が年々少なくなっていくなか,それに代わるかのように「12・6」が牙を剥いて立ち上がった。冬の時代のはじまりである。

 困ったことになったと頭を抱え込んでいたら,なんと,そのどさくさまぎれに「原発ゼロ」を撤回するという暴挙にでた。「12・6」を隠れ蓑にしたかのように,経済通産省はこっそりとエネルギー基本計画の素案を提示した。みごとなタイミングというほかはない。それによると,民主党政権が打ち出した「2030年代原発ゼロ」の目標をあっさりと撤回し,原発を「重要なベース電源」と位置づけ,原発を積極的に活用していく方針を打ち出した,という。びっくり仰天である。

 このシナリオは,満を持してそのチャンスを狙っていた原子力ムラの計算どおりである。それも,小説『原発ホワイトアウト』(講談社,2013年9月刊)が予想したとおりのシナリオを踏襲しているから,なおさら恐ろしい。「原発を重要なベース電源」にするという基本方針は,原発マネーで甘い汁を吸いつくしてきた政治家,経済通産省の役人,東京電力,地方自治体の長,その他の利権団体がタッグを組んだ,最強のチームワークのもとで密かに維持されてきた。その実態がフィクションの形式を借りて,赤裸々に『原発ホワイトアウト』のなかで描写されている。

 小説はあくまでもフィクションであるが,それを実証するかのようなエネルギー基本計画の素案をみると,背筋が寒くなる。やっぱりそうだったのか,と。

 日本という国家の屋台骨をゆるがすような,きわめて危険な法案が,まるで東日本大震災の折のような「大津波」となって,つぎからつぎへと押し寄せてくる。なにがなんだかわけもわからないうちに,恐るべき法案があれよあれよという間に通過していく。ほとんど,それらしき審議(国会)・議論(国民)もなされないままに。この政府自民党の暴挙を,わたしたちはなすすべもなく見過ごすしかない。情けないがそれが実情だ。

 反対の意志表明をすると,場合によっては「テロ」と見なされる。それもなんの基準もなく,ただ,権力の恣意的な判断に委ねられている。国会での森担当相の,ぶれまくる答弁がそれを如実に物語っている。イシバちゃんにいたっては,まことに正直に「デモ」は「テロ」だとまで言った。これが政府自民党の執行部の考えなのである。となると,権力の思うがまま,なんでもあり,の時代がもうそこまできている。

 暮れ正月は忙しくなる。金曜日の「脱原発」を筆頭に,「特定秘密保護法」の撤廃運動があり,土壇場を迎えつつある「TPP」交渉がある。からだがいくつあっても足りない。でも,こんな馬鹿げた政権に「多数」を与えてしまった以上は,なにがなんでも抵抗の姿勢を示しつづけるしかないのだ。そして,民主主義のなんたるかを,からだを張って主張するしかないのだ。

 いま,わたしたちは「歴史」に直面している。むきだしの「歴史」に向き合い,その主体としてのわたしたち一人ひとりのあり方が問われている。つまり,生き方の基本が問われている。ひとりの人間としての,素の生き方が問われている。そして,この生き方が個々のからだに刻み込まれ,その記憶が,つぎの選挙のときに表出することになる。いまを,いい加減に過ごすと,またまた,安倍ヒトラーが勢いを増すことになる。それだけは絶対に回避しなくてはならない。

 今夜も眠れそうにない。でも,そういう体験が,いまは重要なのだろう,と自分自身に言い聞かせる。いま,やすらかに眠れる人がいるとしたら,それは国際社会に向けて平気で嘘のつけるアベ君くらいのものではないのか。あのイシバちゃんですら,民意に怯えて「テロ」と言って牽制しているくらいだもの。あのイシバちゃんの顔からは想像もできないが・・・・。

 今夜も悶々としながら夜を過ごそう。それが,いま,時代と向き合うということなのだから。
 
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