2013年12月11日水曜日

「斜飛」ということについて。李自力老師語録・その40.

 忙しい時間を割いて,李老師が稽古の終わりころに顔を出してくださいました。ありがたいことです。
 すぐに床に開脚姿勢で座り,柔軟運動をしながら,わたしたちの稽古をじっと見つめていらっしゃいます。しかも,いつもの柔和な顔とはちょいと違います。一瞬,おやっ?と思いながら,わたしのこころとからだに緊張が走ります。なにか間違った稽古でもしているのだろうか,と。

 しかし,それはわたしの杞憂でした。これまでとは違う,少しばかりレベルの高いご指導をしてくださったのです。これまでは,悪いクセのようなところ,あるいは,不十分・不適切な動作(たとえば,腰の回転不足,など)を丁寧に修正することがほとんどでした。しかし,今日は,これまでとは違う,まったく新しいご指導がありました。

 それは「斜飛」(中国語の発音を忘れてしまいました)ということばでした。それもそんなにむつかしいことではありません。それは「24式」の第二式として習う「イエマーフェンゾン」の後半の部分の動作でした。こまかく説明するまでもない,初歩の初歩の動作です。右足で立ち,からだの正面にボールをつくり,左足を斜め前に送り出し,右手を右斜め下に抑えるようにしながら,同時に左手を下から左斜め上に送り出しながら,腰を回転させ,ゴンブの姿勢になる,この一連の動作を同時進行で,どこも停止することなく流れるように行う「わざ」です。この「わざ」を行うときの,左足を斜め前に送り出してかかとが床に着いてから,体重を右足から左足に移動させながら腰を回転させ,左手を斜め上に,右手を斜め下に,というこの部分です。

 この後半部分を「斜飛」と言います,と李老師。ここがイエマーフェンゾンという「わざ」のポイントになります,と。つまり,相手が右拳で顔を突いてきたと想定し,その相手の右拳の手首を,自分の右手で捉え右下に抑え込みながら,左足で相手の右足をブロックしながら,左手を相手の右脇の下に差し込み,下から斜め上に「斜飛」して相手を倒す,というわけです。この「斜飛」をしっかりイメージして,イエマーフェンゾンの後半部分の動作を「流れる」ように行いなさい,と李老師はおっしゃいます。つまり,単なる動作ではなく,はっきりと「わざ」を意識して,左手首を反して,相手の左脇の下に「力」を伝える,というイメージで行いなさい,と。

 その上で,李老師はお手本をやってみせてくださいます。なるほど,「斜飛」しているのがよくわかります。この「斜飛」がきちんとできていないかぎりイエマーフェンゾンの「わざ」は生きているとは言えません,と。それは単なる「ものまね」にすぎません,と。

 さあ,困ってしまいました。つまり,わたしたちがこれまで一生懸命に稽古してきて,いくらかさまになってきたつもりでいたら,それは「ものまね」にすぎないと言われたに等しいのですから。早速,Nさんが必死に食らいつきます。何回も繰り返しているうちに「そう!それですっ!」と李老師の嬉しそうな声。でも,それをみているわたしには,以前といまとではどこがどのように違うのか,いまひとつ納得がいきません。「それですっ!」と李老師に言われているのですから,それで間違いないのでしょうが・・・・。困ってしまいました。

 大きな宿題ができてしまいました。納得できていれば,なんとか努力目標がみえてきますが,「なんとなく」わかる程度では,暗中模索も同然です。しかし,この一週間の間に,なんとかそれらしくなるように努力する以外にありません。こういう新しい課題を出されたときに限って,次週も,終わりころにひょっこりと顔を出されることが,これまでには多かったように思います。これはもう,「わざ」というイメージを頼りに,頑張るしかありません。でも,考えようによっては,ようやくこのような課題を提示されるようになってきたのだ,と喜ぶべきかな,と思ったりしています。

 これから一週間は「斜飛!」「斜飛!」と声に出しながら,今日の李老師のお手本を頭のなかでイメージしながら,稽古するしかないと覚悟を決めました。でも,嬉しいかぎりです。
 
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