2013年12月31日火曜日

鎌田東二著『聖地感覚』(角川ソフィア文庫,2013年)を読む。「生態智」を提言。

 小学生から大学生になるまでの間,わたしは田舎の小さな禅寺で育った。だから,寺というものの存在の仕方を内側から肌で感じ取り,無意識のうちに骨肉化していたように思う。それはどういうことかというと,寺の境内にはさまざまなパワー・スポットがあって,そこに近づくことを忌避したり,ときには惹きつけられたりする。そういう感覚が,いわゆるふつうの仕舞屋(しもたや)で育った人たちよりもほんの少しだけ敏感なような気がする。

 わたしくらいの年代の人であれば,子どものころに感じた鎮守の森の神秘感を記憶しているに違いない。かつての神社や寺院は,どこもこんもりとした森につつまれていた。そこには一種異様な空気が流れていた。それをわたしたち子どもは日常的に感じ取っていた。そこは通俗的な世間の空間とは異なる神秘の宿る聖なる空間だった。それを感じ取る感覚,すなわち「聖地感覚」。

 この神秘の源泉であった鎮守の森が伐採され,社殿や寺院が明るくなったことによって,わたしたちの「聖地感覚」が鈍麻されてしまった。その結果,こんにちの子どもたちは,わたしたちとは異なる,まったく別種の,言ってしまえばサイエンティフィックな「聖地感覚」が育っているらしい。その元凶はなにを隠そう,敗戦後のアメリカによる占領政策のもとで展開された生活の合理化運動が,いまとなっては大きな影を落としているように思う。

 それはともかくとして,鎌田東二さんは人間が自然と真っ正面から向き合ったときにおのずから生ずる「聖地感覚」を取り戻すことが,とりわけ,「3・11」以後の日本人にとっては不可欠であり,喫緊の課題である,と熱っぽく説く。そのエッセンスがびっしりと詰め込まれた本,それがこの『聖地感覚』である。

 鎌田さんの主張する「聖地感覚」は,ひとことで言えば「生態智」(エコソフィア)だという。そして,このことばを以下のように定義づけている。

「生態智」とは,「自然に対する深く慎ましい畏怖・畏敬の念に基づく,暮らしの中での鋭敏な観察と経験によって練り上げられた,自然と人工との持続可能な創造的バランス維持システムの技法と知恵」であるとわたしは定義している。

 そして,そのような定義にいたるプロセスを,さまざまなフィールドワークをとおしてからだで感じ取れるようになってきたことを力説している。その一部を紹介しておくと,以下のとおりである。

 理性知よりも,もっと深く大きな身体知というものに目覚めるだろう。ニーチェは『ツァラトゥストラかく語りき』の中で,「身体は大きな理性」だと語ったが,まさに頭脳の中の小さな理性を超え,それを包み込む「大きな理性」としての「身体理性=身体知」に目覚めるだろう。そして,その「身体知」がこの宇宙・世界・自然の中にある脈動・律動・情動をクリアに感じとり,察知し,洞察する中で「生態智」を学び,わがものとしていくのだということがよくわかってきた。

 わたしたちがいま享受てしいる現代文明の対極に位置づくもの,それが「生態智」だ。現代文明が「理性知」を求めつづけた結果が,「3・11」となって現出した。だから,そこから思い切って舵を切り直し,いま一度,見失ってしまった「身体知」をとりもどし,その「身体知」をとおして宇宙・世界・自然と交信・共鳴・共振させることによって「生態智」を学び,わがものとしていこう,と鎌田東二さんは力説する。

 この本を読みながら,もうずいぶん昔のことになるが,スポーツ史学会のシンポジウムにお招きして,お話を伺ったことがある。そのとき,石笛を鳴らして聞かせてくれた。人工的な手がひとつも加えられていない,自然のままの穴の開いた石,その石に人の息を吹き込むことによって自然の石が蘇生する。その音色のなんと神秘的なことであったことか。

 この自分のからだから出る息を吹き込むことによって自然の石が鳴り響く。この音をとおして,わたしのからだと自然とが交信をはじめ,やがて一体化していく。これは単なる自然回帰ではない。それは新たなる自然存在としての人間のあり方への道を拓くものだ。わたしの関心事に引きつけて言わせてもらえば,近代の臨界点をかろうじて通過したのちの,後近代を生きる人間の存在様態を指し示すものだ。鎌田東二さんのまなざしはまぎれもなくそこに向かっている。

 大づかみに言うと,この本はそういう本だ。しかも,奥の深い本だ。したがって,この本の細部については,また,機会を改めて書いてみたいと思っている。とりわけ,第三章 聖なる場所の秘密,一.三輪山──「ミワ」という聖地感覚の秘密,については詳細に分析してみたいと考えている。まったく新たな三輪山論が展開されていて,興味津々である。わたしの追っている野見宿禰論にも大きな影響力を与えずにはすまされない,強烈な仮説の提示である。

 まずは,鎌田東二さんの「生態智」の提案に,じっくりと耳を傾けてほしい。お薦めである。
 
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