2014年5月13日火曜日

「つぎの段階の治療に入りましょう」(院長先生)。「はい,わかりました」(わたし)。

 4週間ぶりに院長先生の診察があって,病院に行ってきました。前の診察のときに予告されていましたように,つぎの段階の治療計画が提示されました。院長先生はことばを慎重に選んで,「薬剤による治療です」と仰る。そして,薬剤を飲み始めたら8日目に入院,さらに別の薬剤を投入して,副作用の反応についての追跡チェック・観察をおこないます,と。そこから,さらに詳しい治療内容についての説明がありました。その途中で,わたしの考えや疑問についても何点か相談に乗ってもらいました。そのつど,納得のいく説明がありましたので,いよいよ抗ガン剤治療だな,と覚悟を決めました。

 その決め手となったのは,ステージ「C-3」とリンパに転移あり,という最終の診断結果でした。現段階では他臓器への転移はないものの,リンパへの転移はとりあえず薬剤によって抑え込んでおく必要がある,というわけです。

 抗ガン剤による副作用は個人差があって,実際にやってみないことにはわからないので,その点については慎重に取り組みたい,と院長先生。だから,薬剤投与8日目からの入院によって,慎重に追跡チェックをします,とのこと。その結果をみて,からだに合った薬剤のレベル,投与の方法を検討していきます,と仰る。

 わたしが,あまりにいろいろのことを質問するものですから,院長先生はひととおり説明をしたあとで,「稲垣さん,腰が引けてますねぇ」と,例のジョークまじりのちょっかいをかけられてしまいました。わたしも負けずに「もちろん腰が引けてますよ。できることなら抗ガン剤治療は受けたくないくらいです」と応酬。院長先生にカッカと大笑いされてしまいました。そして,「稲垣さんのからだにもっとも合うように,薬剤のレベルや投与の方法を見つけ出しますので,ご心配なく」と慰めてくださいました。

 こうなったら,院長先生を全面的に信頼するしかない,と腹をくくることにしました。わたしをこの病院に紹介してくれたドクターYさんやKさんとの関係もあります。ここまでくるにはいろいろの経緯もありました。ひょっとしたら,いまごろ,まったく別の病院で,まったく知らないお医者さんのお世話になっていたかもしれません。いや,その方が展開としてはありえたことです。それが,まったく大した意味もなくはたらいたわたしの直感が,一度は乗り込んだ救急車から引き上げる,という選択でした。そうして,一日,様子をみた結果が,こんにちへの道を開くことになりました。偶然とはいえ,これもひとつの流れなのだから,この流れに便乗していこう,とも考えました。

 が,なにより優先させたことは,信頼でした。院長先生との波長がうまい具合に合うのです。ですから,院長先生もかなりはっきりとものを言ってくださいますし,わたしも負けずに言い返したりしています。とりわけ,ジョークの好きな院長先生の生き方に,ひとりの人間としての余裕といいますか,なんとなく安心感が漂います。このことが,わたしにとっては,とても大きな要素のひとつになっています。

 それともうひとつは,医療全体のあり方についても,とても勉強家で広い見識をもっていらっしゃるという点です。わたしの入院中に,ふらりと病室に現れて,それとなくわたしの様子を窺いながら,いつしか話題が脱線して,とても大まじめな医療の話に及ぶことがありました。わたしはN教授の「医療思想史」を下敷きにして,いろいろと院長先生に問いを発したところ,一気に院長先生は饒舌になられ,ふだんからお考えのことを話してくださいました。このときは,もはや,患者と医師の関係から解き放たれた,人間対人間のありがたい時間でした。

 この関係は,わたしとドクターYさんとの関係と同じです。120%信頼できる医師,そう信じることができる医師に出会えたことはラッキーとしかいいようがありません。ありがたいことです。あとは運を天にまかせて・・・・よい結果が生まれることを祈るのみ・・・と考えています。

 まあ,これでしばらくは,真っ正面からからだと向き合う生活がはじまることになります。あまり力むことなく,自然体で付き合って行くことにしたいと思います。病いと闘う,「闘病」ではなく,戯れ合うくらいの気持で,これを「戯病記」と命名。折に触れ,書いてみたいと思います。

 というわけで,ひとことご挨拶まで。

 
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