2014年5月1日木曜日

「日米共同声明全文」を読む。空虚感が漂う。なぜか?

 オバマ大統領から「オーラ」が消えた,これがわたしの第一印象。ぐいっと惹きつける魅力が消えた。それどころか疲労困憊の,疲れ切った老人の顔が透けてみえてきた。

 どうしたのだろうか。結論は簡単。

 バラク君はシンゾウ君が好きではない。できることなら会いたくない。しかし,なんとしてもTPPでリーダーシップを発揮して米国議会の支持を得たいバラク君としては,最終段階にきているTPPの目処をつけたかった。そのためには直接会って,強引に押し切るしかない。だから,苦渋の選択をして来日した。

 ところが,「オーラ」がない。いまひとつ迫力が伝わってこない。これはいままさに国際社会からも見放されつつある米国が凋落の一途をたどりはじめた象徴のように,わたしには見える。なのに,シンゾウ君にはそれが見えないので,わき目もふらずこれまで以上に「自発的隷従」の態度をとりつづける。そして,それをマニピュレートするかのように尖閣問題とTPPを際立たせる。しかも,メディアまで便乗して,まるで取引に成功したかのように報道する。

 はたしてそうか。メディアは信用できないので,自分で「日米共同声明全文」を読んでみる。この手の文章は読み慣れていないので苦戦する。日本語として理解不能の文章もある。わたしの能力の低さかと反省しつつ,外務省のHPに公開されている「英文版」と比較してみる。日本文を読んでから英文を読むととてもよくわかる。手間がかかるが,一文ずつ,それを繰り返してみる。そういうことなのか,と納得できる部分が多々ある。でも,最後までどういうことを言おうとしているのか分からない部分も少なくない。これは明らかにわたしの予備知識の不足からくるものなのだろう。でも,一国民として,最小限の努力だけはしておこう,と必死。その甲斐あってか,一応の目的は達したとみずからを慰める。

 そうしてわたしなりにみえてきたことを少しだけ書いておきたいと思う。

 一つは,「日米両国は・・・」ではじまる文章が多いのは当然として,時折,「米国は・・・」という文章が織り込まれているにもかかわらず,「日本国は・・・」ではじまる文章はひとつもない,ということだ。これはいったいなにを意味しているのだろうか,と考える。こんなところにも「日米安保条約」よりも怖い「日米地位協定」の影がちらついているように,わたしにはみえる。日本国はいまだに米国の属国でしかないのだ・・・・と。日本国がこんな米国にべったり追随の姿勢を維持しているかぎり,沖縄の基地問題の解決は永遠に不可能だ。米国のいいなりなのだから。それどころか,それ以上の「贈与」(沖縄特別措置法の連発,たとえば沖縄県民の人権侵害をも正当化する特別措置法を制定して,米国に代わって沖縄を弾圧する,など)まで自発的に進呈しているのが,これまでの実態なのだから。

 二つには,尖閣諸島は日米安全保障条約によって守られるという確約をえた,だから安心だ,という誤った言説が横行していることだ。しかし,日米共同声明をよく読めば,それが日米両国によるみごとなまでの「マニピュレーション」にすぎないということがよくわかる。にもかかわらず,メディアもこぞってシンゾウ君の発言を鵜呑みにしたまま,その情報を「垂れ流す」だけだ。ジャーナリズムの批評精神はどこに行ってしまったというのだろうか。

 日米共同声明の該当する文章を引いておこう。

 ・・・・・米国は,最新鋭の軍事アセットを日本に配備してきており,日米安全保障条約の下でのコミットメントを果たすために必要な全ての能力を提供している。これらのコミットメントは,尖閣諸島を含め,日本の施政の下にある全ての領域に及ぶ。この文脈において,米国は,尖閣諸島に対する日本の施政を損なおうとするいかなる一方的な行動にも反対する。

 この声明文を読み解く上でのポイントはいくつもあるが,問題の核心を明らかにするために,ここでは一つだけ取り上げることにしよう。それは「日米安全保障条約の下でのコミットメントを果たす・・・」という文章だ。この文章をどのように読み解くか,それが問題だ。つまり,日米安全保障条約の下に尖閣諸島も含めて対応する,ということの内実である。

 ならば,日米安全保障条約では具体的にどのように記述されているのか,そこを確認しておく必要があろう。そこで,外務省のHPにアップされている「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」を読んでみると,第五条にその対応の仕方が記述されていることがわかる。そこには,つぎのように記述されている。

 第五条 各締約国は,日本国の施政の下にある領域における,いずれか一方に対する武力攻撃が,自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め,自国の憲法上の規程及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

 ここにははっきりと「自国の憲法上の規程及び手続に従って・・・」と記述されている。ということは,日本国にあっては「憲法第九条に従って・・・・」尖閣諸島にも対応する,ということを意味している。すなわち,米国サイドからすれば,これまでとなんら変化はない,ということだ。尖閣諸島の問題が生じているので,これまでよりも一歩踏み込んだ姿勢を米国が示した,と日本国は受け止めているようだが,それは事実に反している。「憲法九条」が生きているかぎり,米国サイドもいかんともしがたいのである。

 そこで,この窮状をなんとか打破すべく,シンゾウ君は「解釈憲法」を提案し,「集団的自衛権の行使」が可能になる道筋をつくろうと必死なのだ。しかし,このシンゾウ君の意図がきわめて重大な危険性をはらんだものであることは,米国も百も承知で,むしろ危険視さえしている。バラク君の不機嫌さはそこにある。だから,一見したところシンゾウ君の意図に妥協したかのように見せかけておいて,その交換条件としてTPPを・・・ともくろんだのだ。

 この声明文ですら難産の末の苦肉の策だったのだ。米国は,尖閣諸島の問題については戦略どおりうまくかわしておいて,TPPで内実をとろうという策をとった。問題は「水面下」でどのような「駆け引き」(裏約束)がなされたか,にある。それらはこれから徐々に明らかになってくるだろう。

 こんな風にして日米共同声明文の読解を進めていくと,この声明文とはいったいなんなのだろうか,という「空虚感」ばかりがひろがってくる。にもかかわらず,日本政府は鬼の首をとったようにはしゃいでいる。そして,メディアをも躍らせている。虚々実々どころか,「虚々」ばかりが情報化されて,日本国を席巻していく。しかも多くの国民がその情報を鵜呑みにする。

 かくして,また新たな,権力好みの「歴史」が創造されていく。
 わたしのこころは満たされることのない「空虚」ばかり。

 
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