2014年5月30日金曜日

「大丈夫か リオ五輪」(木村太郎)。「大丈夫か 東京五輪」(わたし)。

 5月25日の東京新聞のコラム「太郎の国際通信」(ジャーナリストの木村太郎氏のコラム)で,「大丈夫か リオ五輪」という見出しの記事が掲載されていました。もう,ずいぶん前からリオ五輪の開催が危ないという報道がなされていましたので,その後,どうなっているのかなぁ,と気がかりになっていました。そこに木村さんのコラムです。ああ,やっぱり・・・と思いました。

 来月,開催されるサッカーW杯ですら,競技場の工事半ばのまま(外装が終わっていない),試合を行うことになった,とつい最近も報じられていたところです。あのサッカー王国のブラジルですら,サッカーのW杯開催に反対の市民運動が展開されているといいます。この流れは,当然のことながらリオの五輪開催にも連動していて,最近はその激しさを増しているとも伝わってきます。あと2年後に迫ったリオ五輪の開催を危ぶむ声も次第に大きくなりつつあるようです。

 その背景にあるものは,ブラジル国民にとっては,いまはスポーツにうつつを抜かしている場合ではない,そんな金があるのなら国民の生活を守ることに使え,という「生きる」ことの根源にかかわる国民のやむにやまれぬ要求です。この声は,とても他山の火事だとは,わたしには思えません。東京五輪もまったく同じだからです。

 いまも避難生活を余儀なくされている人びとの実情を隠蔽するための道具として,東京五輪が利用されていることは間違いありません。そして,その真相を暴くような情報は,ことごとく排除・隠蔽されています。それどころか,いま東京五輪開催批判を展開したら国賊と罵られてしまいます。しかし,そのうちに東京五輪開催の裏に隠された恐るべき実態が徐々に明らかになってくるはずです。そうしたときに,どのようなことが起きるのか,わたしにはなんとなく透けて見えてきます。

 そのお手本がリオ五輪の現段階での実情です。
 木村太郎さんは,つぎのように伝えています。

 「私がこれまで経験した中で最低」
 国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ副会長がこう酷評したのをきっかけに,場合によっては開催地を変更することもあるという情報が飛び交い始めている。
同副会長によれば,五輪開催まで二年を残してリオではいまだ主競技場に次いで重要なデオドロ地区の競技施設の建設も始まっていない。また,新競技種目のゴルフも,芝の養生に二年はかかるというのにいまだにゴルフコースの建設も終わっていないという。

 あと6年後に控える東京五輪ははたしてどうか。

 資材も人材(労働力)も不足。東日本大震災の復興すらままならない,という。その上,フクイチの廃炉処理も遅々として進まない(すでに,労働力が底をついている,という)。避難生活者の保障も展望なし。新国立競技場の建造は技術的にきわめて困難だとも聞く。そのため,想定外のコスト高が付随してくるので,ゼネコンも腰が引けているとか。その他の競技施設もこれから一斉に建造にとりかかるという。どのような計画で,それらが進められようとしているのか。その情報は公開されておらず,すべては藪の中。

 もっと恐ろしいことは,放射線量のホットスポットが埼玉県や千葉県のあちこちに散在しているという。どうやら,東京都内にもあちこちにあるらしい。しかし,そういう情報はすべて「コントロール」されているとか。しかし,これらの情報が流れ出るのは時間の問題です。いずれ,あちこちから漏れ出てきます。フクイチはいまも立派な活火山です。しかも,メルトダウンしたまま不思議な「安定」状態を保っているこの奇跡的な均衡がいつ崩れるかは,だれにもわからないといいます。

 こんな危険な状態にあることをひた隠しにするために,政府は矢継ぎ早に,つぎからつぎへと国民の「目くらまし」政策を繰り出しています。とうとう「残業手当てなし」などというとんでもない政策をぶち上げて,国民の目をこちらに引きつけていこうとしています。そして,話題づくりのためには「山の日」などという祝日案までぶち上げました。こんなことを急ぐ必要などどこにもありません。とにかく,いまの政府はやることなすことはちゃめちゃです。

 ですから,国民の眼をごまかすめにの絶好の話題が東京五輪です。しかも,それはもののみごとに成功しています。でも,その実態はきわめて危険きわまりない状態ばかりです。

 「大丈夫か 東京五輪」。
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