2010年7月18日日曜日

「ISC・21」7月東京例会「竹内敏晴さんとわたし」,無事に終了。

 昨日の土曜日,「ISC・21」7月東京例会が無事に終わり,ほっと一息。北は札幌から西は神戸からと,遠くから13名の仲間が集まって「竹内敏晴さんとわたし」というテーマで語り合った。
 会場は青山学院大学総研ビル3階第11会議室。プレゼンテーターは,河本洋子(青山学院大学):呼びかけに応える,松本芳明(大阪学院大学):「から だ」について考える,瀧元誠樹(札幌大学):武術からのまなざし,の3氏。この3氏の話題提供をきっかけに,参加したみなさんが,それぞれの立場から,竹内敏晴さんとの接点を語り,なにを学んだのか,いかなる「対話」が交わされたのか,などを語り合った。
 わたしは一番最後のところで「竹内敏晴さんとマルチン・ブーバー(『我と汝・対話』)と禅の思想(『十牛図』)との関係について」というお話をさせてもらう予定だった。しかし,前の3氏のお話とディスカッションに刺激され,自分の出番まで待ちきれずに,3氏との議論のなかで,準備した話のネタを全部,話してしまうことになった。終わってみたら,ちょうど午後6時。折角,集まってくださったみなさんには悪いことをしてしまった。でも,単独でお話をさせてもらうよりも,3氏のお話のなかに折り込んでもらった方が,具体的なお話とうまくかみ合っていたのではないか,と自分を慰める。そして,その方が深いところまで思考が到達したのではないか,と自分では満足。
 河本洋子さんの「呼びかけに応える」をとおして,マルチン・ブーバーの『我と汝・対話』から竹内さんがなにを引き出してきて,レッスンのなかに取り込んだのか,という構造がかなり具体的にみえてきたようにおもう。また,松本芳明さんの「『から だ』について考える」からは,野口三千三との接点や,三木成夫の『胎児の世界』(中公新書)や『海・呼吸・古代形象』(うぶすな書院)などと竹内さんとの接点がみえてきた。さいごの瀧元誠樹さんの「武術からのまなざし」では,竹内さんと禅の思想との接点やマルチン・ブーバーの思想を超克する努力などの深いテーマが話題となった。とりわけ,弓の名手でもあった竹内さんが『弓と禅』(オイゲン・ヘリゲル著)を消化していないはずはないし,にもかかわらず,ブーバーの思想に分け入っていったのはなぜか,そして,それをどのようにして超克しようとされたのか,といった興味のつきない話が展開した。たとえば,禅の「無」の世界をブーバーの「我と汝」の「間」に見届けつつ,そこに,竹内さんの工夫がどのように加えられていったのか,ということなどが語られた。
 しかも,ハプニングのようにして,存在論の話まで飛び出した。たとえば,マルチン・ブーバーが「間」に「真の存在」をみたのに対して,「十牛図」では「絶対無」の世界に遊ぶところに人間の存在をみているし,西田幾多郎は「純粋経験」こそが「実在」であると説いたし,ジョルジュ・バタイユは「エクスターズ」する人間に存在者の不在を見届けた,というような話が。そして,ブーバーとバタイユは,ある部分では共通したものを持ち合わせつつも,決定的な違いももっていること。つまり,ブーバーがユダヤ教信仰をみずからのスタンスの拠点としているのに対し,バタイユは「無神論」に立つ,と。そして,このあたりの話が,わたしにとっての竹内さん想い出の一番深いところに残っている。竹内さんがどうしてもバタイユの思想に首肯しなかったことの理由(根拠)も,いまごろになって,ほんの少しだけわかってきたようにもおもう。
 たった一人での思考ではとても到達しない,「場」の力を得てこそ可能となる知の開けが,昨日の研究会でも何回か経験でき,わたしはありがたい経験をさせてもらった。研究会のよさとは,新しい自己の「開け」に出会うことだ,としみじみおもった。いい研究会の「場」があって,わたしは幸せである。
 この研究会の記録はきちんと整理しておきたいとおもう。そして,それをつぎの研究会につなげていけるように。

〔追記〕
 この研究会は,当然のことながら,竹内敏晴さんが昨年9月6日に他界されたことを追悼する気持ちの表出として開催されました。竹内さんは,わたしたちのこのグループと4回にわたって,「対話」の機会をもってくださり,夜の懇親会にも気持ちよく参加してくださった。そして,第5回目の「対話」では,二日間にわたる特別メニューの「竹内レッスン」と「対話」を約束してくださいました。その矢先に病魔に襲われ,かなわぬ夢で終わってしまいました。わたしたちはそのことが限りなく残念で,なんとかして竹内さんがお考えになっておられた「精神」(あるいは「志」)を,ほんの部分でもいい,継承させていただきたい,という気持ちで一杯です。
 わたしたちのグループの活躍の場はそれぞれに異なりますが,竹内さんが提示された「じかに触れる」というレッスンが,どのような構造をもっていて,どのような哲学・思想のバックグラウンドとつながっているのか,そして,それが,なにをめざしているのか,とりわけ,21世紀を生きるわたしたちにとってどういう問題を投げかけているのか,ということを考える上ではみんな共通です。今回は,その共通の問題意識を共有すべく,第一回目の研究会と位置づけています。
 ということは,第二回目の研究会も遠からず開催される予定です。もっとも,今回のような特別企画はともかくとして,月例会のなかの一部を「竹内敏晴研究」に当てる,という具合にして継続的に思考を深めていきたいと考えています。できることなら,4回にわたって開催された「竹内敏晴さんを囲む会」での「対話」を,原稿に起こし,ある編集の手を加えて,単行本にしたいと考えています。しかし,この仕事は,どう考えても三井悦子さんにやってもらうしかありません。なんとか三井さんに音頭をとってもらい,われわれも精一杯の応援をして,この夢を実現させたいと考えています。この夢をかなえて,みんなでお礼の墓参ができれば・・・と。
 わたしたちは,いま,そのスタート地点に立ったにすぎません。これから,ほんとうの協力体制が必要です。一つの夢を実現するということはたいへんなエネルギーを必要とします。が,諸先輩方のご努力を見習いつつ,わたしたちも頑張っていきたいとおもっています。
 こんごともご支援をいただければ幸いです。

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