2015年2月27日金曜日

東京五輪2020を返上しなければならない二つの理由。

 もう,何回もこのブログをとおして「東京五輪2020を返上すべきだ」と書いてきました。そして,ここにきて,やはり,東京五輪2020は返上しなければならない,と確信するにいたりました。その理由は二つあります。

 一つは,フクシマの情況は改善されるどころか,ますます悪化し,空・陸・海ともに汚染が拡大するばかりで,それを「コントロール」する手立ての見通しが立たないこと。つまり,東京五輪を開催する基本的要件を満たすことができなくなってきているということ。すなわち,危険この上ないということ。しかも,フクシマの情況の精確な情報が,とくに危険な情報についてはほとんど秘匿されているらしい,ということが徐々に明らかになってきていて,不安がいっぱい,ということ。

 もう一つは,憲法9条を放棄して,戦争のできる国家を政府自民党がめざしていること。つまり,オリンピック・ムーブメントは平和運動であるという,最優先の理念に反するということ。長年にわたって世界から高く評価されてきた,まさに世界の冠たる「平和憲法」を護持する国家であればこそ,堂々と東京五輪を開催する資格があるというもの。それを放棄しようという国家には,もはや,その資格はありません。

 前者については,ここ数日,大きな話題になっていますので,すでに衆知のとおりです。要約しておけば,フクシマ原発の2号機屋上汚染雨水が排水溝をとおして港湾外に流出していたという事実を,東京電力は昨年4月には把握していたにもかかわらず,これを隠蔽してきました。それをいまごろになって公表する,この神経が理解できません。

 東京電力といえば,こんどの原発事故が起きるまでは,長年にわたって人気企業でしたから,毎年,各大学のエリートたちが殺到したことでも知られています。いうなれば,いまの経営のトップに立っている人たちは,そのまたエリート中のエリートと言っていいでしょう。しかし,ここに大きな落とし穴が待ち構えていました。「エリートは責任をとらない」。責任をとらなくてもいい仕組みを,企業内に巧みに張りめぐらせてあって,なにか不祥事が起きてもだれも責任をとる必要がないようにできています。

 ですから,原発事故以後も,一般世間の常識では考えられないような重大な瑕疵があったにもかかわらず,だれひとりとして責任をとってはいません。首にもなっていません。ですから,やりたい放題の無責任体制が骨の髄までしみ込んでいます。

 いまさら,こんなことをあげつらってみてもなんの役にも立ちません。指摘しておくべきことは,東京電力には安全管理能力が欠落している,という一点だけでいいでしょう。つまり,重篤な病的症状を呈している,きわめて危険な企業であるということです。この病的症状を政府自民党は無視したまま放置しています。それどころか擁護・救済さえしています。税金を湯水のように垂れ流して・・・。

 後者の平和運動。問題は憲法9条だけではありません。それに関連する法案がつぎつぎに議会を通過していき,気がついたときには身動きできない情況になっているのではないか,と危惧されるからです。すでに,メディアは完全に包囲されてしまって,情けないことにジャーナリズムの精神もどこへやら・・・。いまでは,みずから率先して「自発的隷従」を垂範するのみ。国民まるごと,政府自民党のおもうがままに「洗脳」されつづけています。

 そのさらなる暴挙のひとつが,沖縄の辺野古で繰り広げられている,約束(「計画書」)を無視した強引な基地移転工事です。そして,それに反対する住民の意思をも踏みにじる,おそるべき政府自民党による「暴力」が,いまも粛々と繰り広げられています。ついには,米軍まで乗り出してきて,不当な逮捕劇まで演じています。

 翁長沖縄県知事が,何回にもわたって上京し,政府首脳との面談を求めても,すべて拒否。だれも会おうともしません。民主主義もなにもあったものではありません。そんなことが,いま,日々,平然と行われているのです。しかし,こういうとんでもない事態が毎日,繰り広げられているにもかかわらず,メディアも政府自民党と足並みを揃えるようにして「無視」。知らぬは本土の国民ばかりなり,です。沖縄のメディアは連日この情報をトップにかかげて報じ,批判を繰り広げています。ですから,いま,沖縄は,これまでにも増してヒートアップ・アイランドと化しています。

 以上,二点の理由で,わたしは一刻も早く「東京五輪2020を返上すべきだ」と考えています。
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