2015年2月1日日曜日

胃腸は脳より賢い・説。どうやら正しいようです。

 胃腸は脳より賢い,という説が巷ではかなり知られているようです。わたしも,なにかの本で読んだ記憶があります。へぇー,そんなもんかねぇ,くらいの認識でしかありませんでした。ところが,この説は意外に正しいのではないか,と最近,おもうようになってきました。

 といいますのは,抗ガン剤をやめた効果がこのところ少しずつ現れはじめていて,これまでマヒしていた器官がもとに復しつつあるようにおもうからです。そうした現象のひとつが,味覚の鈍麻からの解放,ほんの少しだけですが,これは思いの外とても嬉しいことなのです。オーバーに言えば生きがいが蘇ってきたようなものです。味覚のない世界を想像してみてください。文字どおり,味気ない世界です。わかっていただけるとおもいます。この味覚と同時に回復しつつあるようにおもわれるのが,胃腸のはたらきです。しかし,この胃腸は以前のものとはいささか違うものになってきているように感じます。

 もともと,わたしの胃腸はふつうの人よりも丈夫にできていて,消化吸収力は抜群でした。かなりの無茶食いをしないかぎり,胃がもたれるなどということはありませんでした。そして,いかなる食べ物にも対応してくれ,消化不良を起こすようなことも滅多にありませんでした。腸にいたっては,その存在を意識することもほとんどなく,なにごともなく平穏な日常を送ることができていました。まあ,自慢の胃腸でした。

 それが味覚の回復傾向とともに,胃腸も回復をはじめているように感じられ,それが以前とはいささか様子が違うようにおもわれるのです。

 まず最初におことわりしておかなければならないことは,味覚が鈍麻している間は,胃腸の感覚もほとんどマヒしていて,胃腸からの合図はなにも感じられなかった,ということです。ですから,食べる時間も量も内容も,すべて脳が考えて判断し,その命令にしたがうだけでした。

 それが少しずつ回復するにつれ,胃腸の存在が意識されるようになってきました。その最たるものが食欲です。しかも,なにを食べたがっているかも,朧げながら,わかるようになってきています。しかも,食べたあとも,胃腸がじつに微妙な反応をしていることが意識されるようになってきました。ですから,いまは,胃腸の様子をうかがうのが楽しくなってきています。

 かんたんに言ってしまえば,胃腸が喜ぶ食べものと嫌がる食べものとの違いがはっきりしてきた,ということです。ところが,脳は以前の記憶のままで,味覚も記憶にしばられたままです。しかし,胃腸は違います。食べた瞬間に,まずは,胃が喜んでいるかどうかがすぐにわかります。それから,しばらくしてこんどは腸が喜んでいるかどうかがわかります。胃が喜んだ食べものはまず間違いなく腸も喜んでくれます。しかし,胃が嫌がる食べものは,やはり腸も嫌がります。この両者はほぼリンクしていると言っていいとおもいます。ただ,違うのは「時間差」がある(当然ですが)という点だけのようです。

 食べる量についても同じです。ある一定量を食べると,ここでいい,という合図を送ってくれます。その合図に素直にしたがっていると,そのあともとても快適です。からだ全体がうまくまわってくれているようにおもいます。これはたまらない快感です。

 ところが,脳は違います。すでに長年かけて洗脳されてしまっています。たとえば,もっと食べなくてはいけない,こんな量では体重はもどらない,栄養も足りてはいない,加えて,残すのはもったいない,ときます。ですから,この脳の呪縛から解き放たれないと胃腸はすぐに文句をいいます。そして,胃腸がかなり無理をして必死で格闘していることが伝わってきます。胃腸は正直です。嘘をいいません。ああ,胃腸とはこういうものだったのか,といまさらのように認識を新たにしています。大発見です。

 ですから,いまは,この両者の間での葛藤を楽しんでいるところです。

 ほんとうの意味での,「からだの声に耳を傾ける」ことの初歩がはじまったばかりのようです。朝起きたときから,夜寝るまで,それも眠りに落ちるまで,いまは胃腸の声に耳を傾けています。すると,じつに微細なサインを発しつづけていることが,少しずつわかるようになってきました。こういう感覚をこれまで味わったことがなかったことを驚きとともに知りました。まさに,発見です。こういう胃腸との会話をしていれば,栄養学などという近代科学を無視しても大丈夫ではないか,と少しずつ信じられるようになってきました。

 さて,このさきどうなりますことやら・・・・。しばらくは,まじめに胃腸と向き合い,機嫌よく付き合っていくことにします。たぶん,これからもっといろいろの発見があるような気がします。死ぬまで発見の連続なのでしょう。

 サクセスフル・エイジング。このゴールは,ころりと機嫌よく死ぬこと,にあります。ただし,これはわたしの個人的な定義ですが・・・・。まずは,自分で納得のいく,そのゴールを目指して,日々を大切に生きていきたいとおもっています。

 サクセスフル・エイジング。わたしの好きなことばです。

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