2015年2月2日月曜日

アウシュヴィッツ解放70年(1月27日)。ワイツゼッカー氏逝去・94歳(1月31日)。

 後藤健二さん追悼に,国民の眼が奪われてしまって,その陰で大事な情報が消し去られようとしている。ここは冷静になって,もう一度,世界を注視する必要があろう。それは二つの大きなニュースである。

 巨星,堕つ。ワイツゼッカー氏・94歳(1月31日)。天寿をまっとうしたというべきか。
 折しも1月27日はアウシュヴィッツ解放70周年。このとき,ワイツゼッカー氏は24歳。
 敗戦後の西ドイツを,こんにちのドイツをヨーロッパ(EU)の中枢国にまで導いた立役者。
 偉大なる哲学者にして大統領。
 こういう宰相が日本にもいてくれたらなぁ,としみじみおもう。

 
今朝(2月1日)の東京新聞を読みながら,考える。
 よろけながらも「憲法9条」のお蔭で,日本国はなんとか国際社会への復帰もはたした。
 1964東京五輪はそのご褒美でもあった。
 ところが,2020東京五輪は,軍隊に守られる「平和運動」をめざそうとしているかにみえる。
 イスラム国に宣戦布告をしたかのような行動をとった政府自民党。
 アメリカべったり路線をひた走り。
 いまの日本。どこにいこうとしているのか。
 戦争の悲劇も忘れてしまって・・・・。
 戦争のできる国に向かってまっしぐら・・・・。
 現国会議員の84%が憲法改正に賛成だとか,国民は33%だというのに,この落差はなにか。
 沖縄の民意を踏みにじり,フクシマの後始末も無視して・・・。
 いったい政治とはだれのためのものなのか。その基本を忘れてしまっている。
 情けない。

 「クォッ・ヴァディス?」

 アウシュヴィッツ。いまの若者たちの間にどの程度,アウシュヴィッツは記憶されているのだろうか。戦争がはじまったら「戦争に行く」と断言してはばからない若者が激増しているという。それでも物足りない若者はイスラム国をめざすという。しかも,これは世界的な若者の動向だともいう。若者たちから「夢」を奪ってしまったおとなたちの責任。こころが悼む。

その最大の元凶は,新自由主義経済による貧富の格差の拡大。そして,歴史修正主義。過去の歴史上の事実・教訓をひた隠しにし,権力にとって都合のいい歴史に塗り替えようと必死。この二つの大きな波に多くの人びとが呑み込まれていく。なんの抵抗もなく。そこに,メディアの批評精神の貧困が覆い被さる。もはや,手のつけようがない。

そんな中にあって,若くして会社勤めを辞し,ひとりポーランドにわたり,ポーランドの国家試験をパスしてアウシュヴィッツのガイドをしている日本人のことが東京新聞(2月1日)に掲載されている。読んで,こころ打たれる。こういう人物がいてくれる・・・ふたたび希望が湧いてくる。

 
詳しくは新聞記事に委ねたい。新聞の見出しにもあるように「超えてはならぬ常識をつくろう」と中谷さんは地に足のついた思考を深めている。日々,アウシュヴィッツと向き合いながらの思考,わたしたちはじっと耳を傾ける以外にはない。平和惚けしてしまった「茹でカエル」の耳にはとどかないのかも知れない。では,われわれが声を大にして伝えていかなくてはならない。

 それは同時に,イスラム国に対してとった政府自民党の姿勢を問い直すことでもある。単純な二項対立の,勧善懲悪主義に立つ「正義」はもはや通用しないのだ。世界観も価値観も違う人間同士が,仲良く暮らしていくにはどうしたらいいのか,というもっとも基本的なことが問われている。哲人・ワイツゼッカーはそのことを説いた。まずは,互いに生き延びるための智恵を出し合おう,と。

 もう一度,わたしたちは「戦争とはなにか」という,もっとも基本的な問いからやり直さなくてはならない。ワイツゼッカーの名著を読み直そう。智恵を出し合って,そこを通過しないかぎり「超えてはならなぬ常識」は生まれてこない。

 道は遠く険しい。でも歩まねばならない・・・・高校時代の校長がわたしたちの卒業アルバムに書き込んだ色紙のことばである。全校生徒を集めてのスピーチが長すぎるという批判もあったが,どことなくみんな尊敬していたようにおもう。そんなことが,ふと,脳裏をよぎる。 
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