2011年8月25日木曜日

菅啓次郎×小池桂一著『野生哲学』アメリカ・インディアンに学ぶ(講談社現代新書)を読む。

久しぶりに面白い本に出会った。むかしから,ほとんど用事もなく本屋さんをみるとふらふらと立ち寄るクセがある。そして,ほとんどなんの意識もなくぼんやりと並んでいる本の背表紙を眺めていると,突然,本の方から「買ってくれ」と声をかけてくることがある。この場合,できるだけなにも考えないでぼんやりと眺める,というところがポイントだ。本には明らかに「意志」がある,とわたしは信じている。だからなのか,その意志がわたしに伝わってくることがある。

菅啓次郎×小池桂一著『野生哲学』アメリカ・インディアンに学ぶ(講談社現代新書)もそういう一冊だった。だから,中味をみることもなくこの本を書棚からとりだして,そのままレジに向う。もちろん,菅啓次郎がどういう人であるかは知っていた。が,小池桂一という人は知らなかった。が,躊躇する必要はなかった。はっきりとわたしに聴こえる声で「買ってくれ」と言ったのだから。

こういう一種の「出会い」があったときには,ほかの本にはもうまるきり関心がなくなってしまう。眺める気もない。すぐに電車に乗って帰路につく。そして,電車のなかである種の期待感と緊張感がないまぜになった気分で恐るおそるページをめくる。

「えっ?漫画本かい?」と小さく驚く。後半の三分の一くらいは漫画というか劇画というか,わたしにはその区別もわからないが,とにかく,達者な絵で描かれた魅力的な絵物語がある。最初のページには「これから述べる話は遠い遠い昔から伝えられてきた話だ──」とあって,不思議なトーテムを思わせるような抽象的な絵が載っている。そして,ぺージをめくると,「最初の世界は闇だった──」とあり,世界のはじまりの話が2ページにわたって描かれている。そして,つぎのページをめくると,いよいよ,物語のはじまりだ。『太陽の男と大地の女』ナバホの創世神話。

まずは,ここから読みはじめる。というか,気がついたらもう読みはじめていた・・・・。それほど巧みな絵が並ぶ。そして,ぐいぐいと創世神話の世界に惹かれていく。さまざまな想像力をたくましくさせてくれるみごとな絵物語である。本を読んでいて,ときおり,呼吸が止まる,ということがある。この本は,読みながら,何回も呼吸が止まってしまう。だから,苦しくなって深呼吸をする。その数回の深呼吸をしているうちに,物語は終わる。

フィナーレが,これまた凄い。「そうして東の方から,白人がやって来た──」とあって,そのあとの2ページで,「長い長い苦難の日々をナバホの人々は耐えた」「世界に再び秩序と調和が回復することを願って──」白人の攻撃に倒されていくナバホの人びとが描かれ,星条旗がかかげられ,エンパイア・ステート・ビルや平和の女神や歴代大統領の顔や月ロケットや煙を吐くツイン・タワー・・・などが描かれている。「そしてすべてこれらのことは,遠い遠い昔に起きたこと──」とある。

しかも,おまけのようにして「ずうっと遠い昔に起きたこと・・・・」という見開き2ページの絵が描かれている。ニューヨークと思しき大都会のビルが傾きながら大自然の大地に埋没している荒廃した現代文明の姿が描かれ,二人のアメリカ・インディアン(男女)の語り部が山の頂上から見下ろしている。その絵は,東日本大震災の津波の跡をも,そして,フクシマの放射能のために人が住めなくなってしまった跡地をも連想させる。

そして,最後のページに真っ黒いページに白抜きで「そういうふうに伝えられている──」とあって,ナバホのコスモロジーを示すと思われる「曼陀羅」が描かれている。

おみごと。

これだけで,わたしには十分だった。

が,せっかく買ったのだからと思って,夕食後に,前半の菅啓次郎の担当部分を読みはじめた。これがまたとんでもない内容だった。夜,眠ることなど許されるものか,というほどの迫力でわたしに迫ってきた。ほとんど徹夜のようにして,一気に読んだ。

この内容を書きはじめたらエンドレス。
まさに『野生哲学』の名にふさわしい名著である。ごく簡単にポイントに触れておけば,現代の「科学的知」一辺倒の,そして,それを盲信している人びとに警告を発し,野生を生きる人びとの間から導き出されたトータルな「経験知」に,いまこそ耳を傾けるべき時だと説き,アメリカ・インディアンの事例がつぎつぎに紹介されている。菅啓次郎の一種独特の美しい文体で,まさに「野生」の哲学が語られている。わたしは感動した。「あとがき」にも触れているが,初校ゲラの段階で「3・11」が起き,しばらく成り行きを見届けた上で,再度,手直しをしたという。

文化人類学者で詩人の菅啓次郎と漫画家の小池桂一の,息の合ったみごとなコラボレーションというべきか。
だれでも読める,とてもわかりやすい「哲学書」。
みずからの生きるスタンスを修正するためにも,そして,「3・11」以後を生き延びるためにも,お薦めの一冊。

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