2011年10月7日金曜日

『東京新聞』は面白い。記事が生き生きとしている。

50年間,愛読してきた「朝日新聞」にどうにも我慢ができなくなって,ついに絶縁状を叩きつけて,「東京新聞」に乗り換えた。やがて3カ月が経つ。だいぶ馴染んできたところ。そろそろ「東京新聞」について論評してもいいかな,と思いはじめている。

その最初の感想は,乗り換えてよかった,のひとこと。
なにがよかったのか。
脱原発をいちはやく宣言し,その方針で報道が展開されていること。つまり,報道の軸がぶれないこと。したがって,読んでいて心地よい。つまり,わたしの主張と共鳴・共振するところが多い。だから,朝からストレスをため込まずに済む。「朝日」のときは,朝から新聞の記事に向かって吼えまくっていた。「それは違うだろう!」「お前の眼の玉はどこについているんだ!」「命よりもお金の方が大事か!」「お前は東電からいくらもらっているんだ!」(わたしの嫌いな玉木正之氏ですら,東電擁護のエッセイを1本書けば500万円くれると言われたが,それでも断わったという。この点では「偉い」。花まるを献上。)「自分もすでに放射能に汚染されているということに気づいていないのか」という調子で,紙面に向って吼えていた。

この不快感から解放された。それどころか,朝から「なるほど」「そういうことであれば,もっと鋭く斬り込め」「えっ,そんなことがあるの?」「その調子,その調子」(ある評論家の言説に対して)「君は素晴らしい記者だ」とひとりごとを言いながら,朝刊と夕刊を楽しんでいる。切り抜きをはじめると,あとに残る部分の方が少なくなることもしばしばである。夕刊などはまるごと保存しておくということも稀ではない。

「東京新聞」を読んでいて,意外に思ったことが一つある。それは,記者によって,脱原発を取り扱うときの記事に「温度差」(いい意味でも,悪い意味でも)がある,ということだ。これは,ひょっとしたら,記者の書いた記事がほとんどそのまま掲載されているのではないか,と想像している。「朝日」のときの印象では,デスクのトップが,つねに記事の一つひとつをチェックしている,という印象があった。それは新聞社としての編集の方針との整合性の問題でもあり,それなりに納得のできることではある。「日本経済新聞」は,全体の紙面を最終的にチェックする専門家(最終責任者)がいる,と聞いている(じつは,かつてのわたの知人でもある)。それらに引き換え,「東京新聞」は,ほとんどチェックをしていないのではないか,と思われる節がある。

悪く言えば記事の論調がバラバラ。逆に言えば,記者の取り組む姿勢や能力がまるみえ。だから,読み手としては面白い。精粗相まみえながら,新聞紙面が構成されている。だから,記者同士にもまるみえになっているので,必死ではないか,と思ったりしている。つまり,デスクによる締めつけがほとんどないということのようだ。だとしたら,記者は毎回,真剣勝負を迫られていることになる。紙面の活性化にはとてもいい効果をもたらしている,という感想をもつ。

まあ,そんなこともあってか,「東京新聞」は隅から隅まで面白い。
そのうちの最たるものは「こちら特報部」。これも当たりはずれがあるが,総じて,「なかなかやるじゃないか」という印象。だから,この見開き2ページの記事は,毎回,楽しみにしている。いま,話題の最先端に立つ情報を徹底取材して,しっかりと分析してみせてくれる。ジャンルも限らないで,重要なトピックスを,しっかりと取り上げてくれる。お蔭で,ずいぶんと賢くなったような気がする。ありがたいことだ。

スポーツ面はあまり冴えない。なぜなら,プロ野球でいえば,中日中心で阪神は軽く扱われるのがくやしい。それはまあ,ある程度までは仕方がないとして,スポーツ記事が「勝ち負け」(勝利至上主義)一辺倒に終始していることが残念。これでは,いわゆる「スポーツ紙」と変わらない。もちろん,時折,アスリートたちの裏舞台での努力や苦労話や,人間としていかに鍛えられてきたか,というような話題もある。しかし,スポーツのもつ文化性に触れることは少ない。そこまで踏み込める記者が少ないということだ。

これは,われわれがもっと頑張ってスポーツ記者の眼を開かせることが先決。スポーツ史やスポーツ文化論的な論考をもっともっと公にしていくことが不可欠。この点はわれわれの方の反省点。でも,「朝日」などと違って,なかなか頑張っているところもある。たとえば,「みんなのスポーツ」という紙面も用意されていて,定期的に特集記事が掲載される。この点は大いに褒められてしかるべきであろう。たとえば,第20回全国移植者スポーツ大会,などが一面全紙を使って報道されたりする。わたしは,この記事をとおして「移植者スポーツ大会」があることを,恥ずかしながら,初めて知った。この他にも,地方の小さなスポーツイベントを取り上げたりして,メジャーなスポーツとは違う,マイナーなスポーツにも光を当てようとする視野の広さがあることを高く評価したい。

こうして書いていくと,際限がないので,この辺りで一区切り入れておくことにしよう。
百聞は一見にしかず。嘘だと思ったら,駅の売店で「東京新聞」を買って,読んでみてほしい。いわゆる「3大紙」とは,ずいぶんと趣が異なるということは一目瞭然である。しかも,結構,楽しめることを請け合います。

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