2013年5月14日火曜日

「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,『続日本紀』に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。」(今上天皇)。

 安倍晋三首相の歴史認識がアメリカで話題になったとたんに,軌道修正したことは昨日のブログに書いたとおりです。同時に,新大久保で繰り広げられている 「ヘイトスピーチ」についても憂慮している,といまごろになって意志表明をしました。これについて,山口二郎氏が「本音のコラム」(『東京新聞』)で噛みついたのは,昨日のブログに書いたとおりです。そして,それならば,そのことの確かさを証明する担保を国際社会に向けて提示すべきだ,とも釘を刺しています。わたしもまったく同感。

 こんなことを考えていたら,そういえば今上天皇が,サッカー・ワールド・カップの日韓共催の折に,日本と韓国の関係についてどう思うかと問われ(記者会見),それに対して一歩踏み込んだ考えを語られたことを思い出しました。当時の新聞にかなり大きく報道されましたので,記憶していらっしゃる方も多いと思います。わたしのそのときの印象では,今上天皇の歴史認識はなかなかのものではないか,という驚きをともなうものでした。それにつけても,安倍首相はこのときの今上天皇の談話をどのように受け止めているのだろうか,とまたつぎなる疑問が湧いてきたという次第です。一国の頂点に立つ政治家が,この今上天皇の発言をどのように受け止め,どのように応答していくのか,つまり,どのようにみずからの政治姿勢に反映させていくのか,という問題はあだやおろそかにはできない重大な問題でもあります。

 そこで,ちらりと宮内庁のホームページを覗いてみましたら,そのときの「ご発言」が公開されていました。平成13年12月8日。お誕生日に際し,記者会見。宮殿・石橋の間。とありました。ずいぶん長い談話になっていますが,大事なところだけ引用しておきたいと思います。
(http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h13e.html)

 ホームページの見出しは〔宮内記者会代表質問〕となっていて,その一つひとつに今上天皇が丁寧に応答しているようすが伝わってきます。
 その代表質問の問3.は,「世界的なイベントであるサッカーのワールドカップが来年,日本と韓国の共同開催で行われます。開催が近づくにつれ,両国の市民レベルの交流も活発化していますが,歴史的・地理的にも近い国である韓国に対し,陛下が持っておられる関心,思いなどをお聞かせください。

 この問いに対して,天皇陛下の応答は以下のとおりです。

 日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があったことは,日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や,招へいされた人々によって,様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には,当時の移住者の子孫で,代々楽師を務め,今も折々に雅楽を演奏している人があります。こうした文化や技術が,日本の人々の熱意と韓国の人々の友好的態度によって日本にもたらされたことは,幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に,大きく寄与したことと思っています。私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。武寧王は,日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております。
 しかし,残念なことに,韓国との交流は,このような交流ばかりではありませんでした。このことを,私どもは忘れてはならないと思います。
 ワールドカップを控え,両国民の交流が盛んになってきていますが,それが良い方向に向かうためには,両国の人々が,それぞれの国が歩んできた道を,個々の出来事において正確に知ることに努め,個人個人として,互いの立場を理解していくことが大切と考えます。ワールドカップが両国民の協力により滞りなく行われ,このことを通して,両国民の間に理解と信頼感が深まることを願っております。

 以上です。少し長くなりましたが,無駄な誤解を避ける意味で全文引用させていただきました。これが,今上天皇の公式見解として,現在も宮内庁のホームページに公開されているという事実を,まず,確認しておきたいと思います。ちなみに,これの〔英文〕版も公開されています。つまり,国際社会に向けても,今上天皇の「担保」として,その立場を明らかにされている,というわけです。

 わたし自身は,天皇制そのものの存在について,まっさらな気持ちで支持することにはいささか抵抗を感ずる者ではありますが,安倍晋三首相よりは,今上天皇の方が,歴史認識においても,それに対応する誠実さにおいても,はるかに良識的である(比較級という意味で),と受け止めています。ですから,みずからの信ずる歴史認識についての「担保」を,山口二郎氏が言うように,国際社会に向けて提示しておくことが急務だと思います。

 今上天皇のこの姿勢は,いまも変わってはいません。2010年10月8日の「平城遷都1300年」の記念祝典でも,この宮内庁のホームページに公開されている見解を,「深い感慨」をもって述べられたことが,当時の『日経新聞』でも確認することができます。

 こうした流れできていた韓国との関係が,一気に悪化してしまった経緯については,みなさんのよくご存知のとおりです。中国との関係についても同じです。そして,沖縄との関係についても同根です。なぜ,こういうことになってしまうのか。それは,わたしたちの選んだ政治家たちのあまりの「愚かさ」に,すべては帰すことになります。そして,そういう人々を選んでしまったわたしたちは,ただ,ただ,茫然自失する以外にありません。情けないかぎりです。

 ヘイトスピーチなどと言って傍観している場合ではないはずです。少なくとも今上天皇はこころを痛めているはずです。しかし,政治家のほとんどは無視です。マスコミも同罪です。なにを「是」とし,なにを「非」とするか,その最大公約数的な良識や,あるいは,その根拠となるべき思想・哲学を見失ってしまった現代の日本の社会の脆弱性が剥き出しになっている・・・・・。

 第二次世界大戦の敗戦によって,いったん「根こぎ」にされてしまった日本社会が,新たな「根づけ」をすることを怠ってきたそのツケが,ここにきて露呈している・・・・というのがわたしの大づかみの認識です。未来の,あるいは,21世紀を生き延びていくために日本人としての「根をもつこと」の重みをしみじみと考えているところです。

 それは,天皇制を礼賛することでもなく,憲法9条を「改悪」することでもなく,ましてや「ヘイトスピーチ」で憂さを晴らすことでもありません。日本人としての「根」をどこに求めていくべきか,ほんとうの意味での「魂の欲求」に依拠する生き方はいかにして可能なのか,こういう根源的な問いを,叡智を絞って模索することからはじまる,とわたしは考えています。

 このブログを書いたわたしの意とするところをお汲み取りいただければ幸いです。

 取り急ぎ,今日のところは,ここまで。

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