2013年5月20日月曜日

NHKスペシャル・病の起源・人類進化に潜む”がん” の病根。

 5月19日午後9時から放映されたNHKスペシャル,シリーズ「病の起源」が面白かった。というより,空恐ろしかった,といった方が正しいかもしれない。なぜなら,不治の病”がん”は人類の進化とともに,その病因が増えてきたというのだから。同時に,この番組の終わり方に大いなる疑問をいだいたからである。

 チンパンジーと人間の遺伝子は99%同じなのだそうな。たった1%しか違わない,という。なのにこの違いが,外見的にも内実的にも,こんなに大きな違いを生んでいるという。しかも,チンパンジーががんを発症する確率は全体の2%であるのに対して,人間は30%に達するという。つまり,チンパンジーは50分の1,人間は3分の1だ。この違いはいったいどこからくるのだろうか,と考えてしまう。しかし,この番組はその違いをじつにわかりやすく解いていく。

 驚いたことに,その理由が人類の進化に深くかかわっている,というのだ。ヒトが動物性の世界に生きていた時代には,チンパンジーと同じ50分の1ががんを発症するにすぎなかった。が,約700万年前に人類の祖先たちが「二足歩行」をはじめるようになったときから,がんの発症率がしだいに高くなってきたという。

 その第一のきっかけは自由になった「手」にあるという。ヒトはこの手を用いて,こまかな手作業をするようになる。この手作業による大きな変化は石器を用いるときからはじまるという。そして,その石器はますます精緻を極めることになる。そうして,手作業による脳への刺激が,脳の発達をうながす効果となる。その結果,約80万年前には,脳の巨大化がはじまる。驚くべきことに,このときに,がん細胞もまた一緒に誕生したという。つまり,がんを発症させるFASという酵素がつくられるようになったのはこのときからだ,というのである。

 さらに,約6万年前に,人類は出アフリカをはたす。つまり,ジャングルに守られた樹上生活中心から平原に降り立ち,まったく新たな生存競争に参入することとなる。そして,このときに,オスの精子の製造能力が異常に高まったらしい。その一因に,狩り(ハンティング)が大きく影響したのではないかと考えられている。

 つまり,オスとメスの役割分担のはじまりである。夜明けとともに起き出し,狩りにでて,獲物をもってメスのところに帰ってくる。そして,日没とともに就寝。メスはいい獲物を確実に手に入れるために,新たな特別の戦略を編み出す。オスは,そういうメスのところに惹きつけられていく。こうして,新たなオスとメスの関係が生まれる。かくしてオスの精子の生産能力も高まっていく。

 じつは,この精子を増産するための細胞分裂の仕方が,がんの細胞分裂の仕方と,その仕組みはまったく同じだというのである。かくして,オスの精子はがん細胞なみに,つねに異常に増産されることになる。となると生産過剰となった精子は,ひたすら使い捨てにするしかない。この新たな事態は,言ってみれば自然界の法則に反する恐るべき事態というべきだろう。オスの異常性欲はこうして誕生したというのである。

 事態はそれだけでは終らなかった。狩りにでるオスは,一日中,原野を駆け回り,太陽に照りつけられる。ジャングルの生活にあっては,オスのからだはおのずから紫外線から守られていた。しかし,生活環境の急変は,一気に,紫外線にさらされることを余儀なくされる。こうして,がんを発症しやすい条件がひとつ増えていくことになる。

 そのつぎには,産業革命以後に大きな転機があったと考えられている。端的に言ってしまえば,電灯の発明による夜の後退である。そして,睡眠時間を圧迫するようになる。人間のからだは夜の睡眠中にメラトニンという物質がはたらいて,がんの発症を抑制する。そのためにも,夜の休息は不可欠なのだという。だから,ある統計によると,夜間勤務者のがんの発症率は,ふつうの勤務者よりも3倍も高いという。日光浴は一日15分くらいはした方がよく,それ以上になるとしだいに紫外線のなかのVDの影響を受けるようになるという。

 では,どうすればいいのか。この番組の最後に提示されたキー・ワードは「大きな脳をつかえ」というものだ。つまり,大きく発達した人間の脳を使え,というのである。なんのことかとおもっていたら,がん細胞であるFAS阻害薬を「大きな脳」をフルに活用して開発しろ,というのである。これにはびっくり仰天である。なんという無能,無神経な番組制作者たちか,というべきか。

 思考を停止してしまった番組制作者たちは,最初から,がんは避けられないのだから,そのがん細胞を阻害する薬を開発すればそれでいい,という短絡的な思考しかはたらかない。まことに安易な発想の番組の作り方になっている。この事実に唖然としてしまう。そして,アメリカでその研究が進んでいる様子を映像にして流す。いまにも,この薬が開発され,人類を救済するだろう,という安っぽい夢を視聴者に与えて,この番組は終った。

 わたしは,しばし,ポカンとしていた。この最後の終わり方に愕然としてしまい,すっかり失望してしまったのである。その直前までの,がんが発症するにいたった経緯が,人類の進化とともに進展してきたのだ,という恐るべき情報に目をまるくして,しっかりとりこにされていたのに,この終わり方はなんだ,と腹がたってきた。なんでもかんでも,「科学」の力で抑え込めばそれでいいのだという,またぞろ新たな「科学神話」を再生産し,NHKという公共のメディアをとおして垂れ流す。ただでさえNHK信仰は広く蔓延しているのだ。一般の無邪気な視聴者は,この仕掛けになんの違和感をいだくこともなく,いとも簡単に洗脳されてしまう。

 大した病気でもないのに薬さえ飲んでいれば安心,と信じている人は少なくない。安易に薬に依存すればするほど,人間の生体のなかに仕組まれている自然治癒能力はますます低下していく。つまり,生体のなかに育まれているはずの免疫力もますます低下していくことになる。毎年,インフルエンザが流行するたびに,風邪薬を大量に買い込んで「防衛」している人が,わたしのまわりにも少なくない。かくして,自然治癒力も免疫力も,さらには体力もどんどん低下していく。この悪循環をいかにして断ち切るか,その智慧が求められているというのに・・・・。

 がんの発症の要因となるものがここまで明らかになっているのなら,それらの要因をもっと精緻に分析していくことが必要だろう。そうして,それらの要因をいかにして社会から少なくしていくかということに全力を傾けていくべきだろう。そのための智慧をしぼることを,最初から放棄している番組制作者たちの,まことに安易な発想の仕方を,この番組はいやというほど見せつけてくれた。これでは受信料を拒否する人びとが増大していくのも,よくわかる。

 しかし,前半の情報は,人間の「からだ」というものを考えつづけているわたしにとっては,あらたな知見を提示してくれていて大いに役立つ。ありがたい限りである。しかし,この結論のもって行き方については,断じて許せない。

 「大きな脳」ががんを生み出したのだから,その「大きな脳」を使ってがんを克服する薬を開発すればいい,という。この図式はそのまま,「大きな脳」が原発を生み出したのだから,その「大きな脳」を使って原発を克服すればいい,という安易な思考にすり替え可能だ。こんなところにも,原子力ムラの恐るべき影響力が及んでいるという事実が,期せずして露呈してしまっている。

 わたしは二重の意味で,この番組のもつ力の恐ろしさに震えている。

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