2013年5月26日日曜日

早坂暁さんの語るお遍路さんの話に感動。まずは歩け,と。

 旅のつれづれにとおもって本屋に立ち寄ったら,目の前に荒俣宏の対談集がありました。みると,15人の人との対談で,いろいろの名士が登場しています。なかには,福岡伸一さんの名前もあって,即,購入。書名は『すごい人のすごい話』(イースト・プレス,2013年4月刊)。

 新幹線に乗ってすぐに目次をながめていたら,最後の対談者が早坂暁さんであることがわかり,そこから読みはじめました。もうずいぶん前のテレビの「夢千代日記」が,わたしが早坂さんの名前を知った最初でした。その後も多くの脚本や小説,エッセイを世に送り出していますので,知る人はおおいとおもいます。わたしはたった一度だけ,直接,ご挨拶をさせていただく機会があり,なぜか不思議な印象をもちました。人をじっとみる視線の鋭さは(サングラスをかけていたにもかかわらず)並の人のそれではありませんでした。

 こういう対談は,まずは知っている人から読む,というのがわたしのやり方。案の定,早坂さんの対談はじつに面白いものでした。話題の中心は「お遍路さん」。早坂さんのご出身は愛媛県松山市。ご実家が51番札所の石手寺(いしでじ)に近い遍路道に面した商家(呉服や本,菓子などを販売)で,しかも三階建て,芝居小屋もあって,当時の娯楽センターのようなところだったそうです。

 なるほど,海軍兵学校に進学した秀才が,敗戦とともに進路を変更して,日大芸術学部演劇科をめざすのも,子どものころからの環境がなさしめるものであったか,と納得です。もうひとつは,遍路道に面した家に生まれ育っていますから,こちらもこどものときからの自然の風景としてお遍路さんがインプットされています。ですから,作家の眼をとおしてセレクトされるお遍路さんの話がとびきり面白い,というのも納得です。

 そんな話題のなかからひとつ,ふたつ,紹介してみたいとおもいます。

 「昔はひどいもので,離婚され,家から追われた女性が,子どもを抱いて遍路していることが多かったんです。そういう人がうちの前に裕福な商家だから育ててくれるだろうと子どもを置いていくんです。しかしだいたい1,2年のうちに,「すみませんでした」と引き取りに来ましたけれど。戦前のお遍路さんの悩みは,大半が不治の病,家庭内の愛情のもつれ,そして死んだ肉親への回向です。だからどうしても陰気なんです。顔や体の筋肉や,いや人生の筋肉がすっかり落ちたような人が歩いていたんですから。」

 こういうお遍路さんを,四国の人びとはむかしから暖かく迎え入れ,いわゆる「お接待」で支えてくれる,そういう土地柄であることは,ものの本で読んで知ってはいました。しかし,早坂さんのお話は,作家としての眼で,お遍路さんから直接,聞き取りをしたものばかりで,恐ろしいほど深い「お遍路さん」のリアルな姿が浮かび上がってきます。たとえば,つぎのような話もあります。

 「いまから10年ほど前,6年間で30回も遍路を逆打ちした名物じいさんがいましてね。手押し車にわずかな荷物を積んで,お接待で暮らしていました。30回も回るというのは大変な難行ですから,遍路道の位(くらい)がもらえるのです。地元の人はその人が来ると拝んだり,子どもに触ってもらったりして,ちょっと「生き大師」みたいな扱いを受けていた。NHKが番組で取り上げて,世間に知られるようにもなった。俳句もつくる人で,あるお坊さんが今度それを出版するとぼくに見せてくれていたとき,逮捕されました。」

 理由は,12年ほど前の前科(殺人未遂)で,指名手配中だったのが,テレビに出演したときについ口がすべって本名を名乗ってしまったために,足がついてしまったという次第です。こんなびっくりするような話から,感動して涙してしまうような話まで,つぎからつぎへとでてきます。夫の定年と同時に夫婦でお遍路をして,そこで最終的な見極めをして離婚することを考えた6組の夫婦の話などは,とても他人事とは思えません。

 そして,最後に「同行二人」(どうぎょうににん)の早坂さんのお話を。

 「大師さんが亡くなるとき,大勢の弟子たちが周りに集まって泣きわめきますよね。そのときお大師さんが,「私が死んだ後も修行して歩きなさい。本当に困ったら『南無大師遍照金剛』(なむだいしへんじょうこんごう)と唱えれば,私はただちにお前たちのそばに行って一緒に歩いてやる」という。「助ける」とはいわない,「歩いてやる」と。それで「同行二人」なんです。お大師さんが一緒に歩いてくれるなんて,こんな力強い言葉はない。苦しんでいる人には最高の言葉です。」

 こんな話がどこまでもつづきます。ここには書きませんが,早坂さんが病で生死の境をさまよったときには,お大師さんのことば「生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く,死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し」にすがった,というとても深い話も登場します。

 この早坂さんのお話を聞いて,お遍路さんという存在についてのわたしの考えが一変してしまいました。現代の日本という国のあり方を考える上で,お遍路さんという視点を,もう一度,初手から取り入れる必要があるようにおもいました。

 こんどはチャンスをみつけて,早坂さんの『遍路国往還記』を読んでみたいとおもいます。それは,日本を考え,世界を考えるために,いまのわたしには不可欠なことだとおもわれるからです。つまり,すべては「歩く」ことからはじまる,その基本を人類はどこかに置き忘れてきてしまっている,と考えるからです。

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