2014年6月17日火曜日

「IWJ」で集団的自衛権に反対する記者会見(山口二郎,小森陽一,西谷修さんほか)を視聴することができます。

 少し前の話になりますが,6月13日に「立憲デモクラシーの会」(代表・山口二郎)が東京都内で記者会見を行ったときの映像が「IWJ」を検索すると視聴することができます。

 冒頭で,山口代表が集団的自衛権のどこが問題なのかということについての総論を展開,そのあと,西谷修さんを筆頭に,着席の順番にひとことずつコメントがありました。こういう記者会見のときのコメントの仕方というものは難しいものだなぁ,とあとになって気づきました。というのも,数日するとだれがどんな話をしたのか,ほとんど忘れてしまうからです。

 ところが,西谷修さんと小森陽一さんのお話は,とても鮮烈に記憶に残るものでした。やはり,役者が違うという印象を受けました。ものごとの本質をずばりと見抜く力,それを伝える弁舌の切れ味,情熱的な魂,などさまざまな要素が組み合わさって,聞く人のこころを捉え,動かすものなのだということがよくわかりました。そんなことも兼ねてぜひ視聴してみてください。

 さて,集団的自衛権容認・行使のなにがいけないのか。

 トップを切ってお話された西谷修さんの論旨のなかで,わたしの脳裏に深く刻まれたのは以下のような内容でした。

 第二次世界大戦の敗戦国日本が,国際社会から高く評価され,信頼される国となりえたのは,ひとえに戦争をしない国としての姿勢を貫いてきたことにある。つまり,憲法第9条の精神をしっかりと受け止め,守り,いかなる戦争にも参加しないという強い決意が国際社会のすみずみにまで浸透したからである。しかし,集団的自衛権の容認・行使ということになれば,これは憲法9条の精神を無視して戦争ができる国家へと大きく転身することを意味する。となれば,この世界に類をみない国家としての貴重な財産を,一夜にして失うことになる。そして,これまでの威信を失い,アジアの片隅に位置するごくふつうの俗なる国家へと転落していく。となれば,もはや世界から無視され,近隣諸国からも敵対視され,孤立化への道をたどるしかなくなるだろう。
 もう一点は,近くに友人をつくらないで敵にまわし,遠くの友人のために戦争をするという愚挙をどんなことがあっても排除しなくてはならない。地理的にもっとも近くて,歴史的にももっとも交流の深い韓国・中国をなぜ敵にまわさなくてはならないのか。集団的自衛権の容認・行使は,その姿勢をより鮮明にするものでしかない。しかも,そのことをアメリカは望んではいない。むしろ,危惧している。にもかかわらず,安倍政権は戦争のできる国家への道をまっしぐらである。
 そうではなくて,これまでどおり憲法9条を護持し,近隣の友人を大事にする外交努力を展開していくことこそが喫緊の課題ではないか。
 この集団的自衛権という考え方そのものが本末転倒もはなはだしい,とんでもないものであり,戦後の日本の歴史を一気に逆転させる暴挙としかいいようがない。したがって,なにがなんでもこの暴挙を認めるわけにはいかない。

 というような内容にわたしの耳には聞こえました。あとは,「IWJ」でご確認ください。

 もう一人の小森陽一さんのお話もインパクトの強いものでした。こちらは残念ながら割愛させていただきます。どうぞ「IWJ」でご覧になってみてください。時間は全体でほぼ1時間です。
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