2013年8月5日月曜日

オスプレイの搬入に猛抗議するウチナンチュ。「もう,いっそのことアメリカの属州になった方がましだ」と。

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)へののオスプレイ配備がなしくずし的にどんどん増えていく。アメリカは日本政府に事前に相談することもなく,ましてや沖縄の住民の意志を確認することもなく,まったく「無断」のまま,オスプレイ搬入の事実だけがつぎつぎに構築されていく。そこにあるのは,アメリカの一方的通達のみ。まさに,アメリカのやりたい放題だ。それに対してなにもできない日本政府とはいったいなんなのか。

 まずは,「日米地位協定」なるものの存在を,わたしたちはもっともっと糾弾していかなくてはならないのだ。日本は国家としての主権をどこかに置き忘れてきている(1951年締結のサンフランシスコ講和条約以後)。そして,そのまま長期にわたって放置してきた自民党政府の責任には蓋をしたまま・・・・,しかも,いま,また,アメリカにすり寄ろうとしている。自発的隷従。

 ウチナンチュがいくらオスプレイ反対を唱え,からだを張った抗議行動をくり返しても,事態は少しも改善されないままだ。「こんなことなら,いっそのこと,沖縄だけでいい,アメリカの属州にしてほしい。そうすれば,オスプレイを配置することはできないはず・・・・」と沖縄の友人からメールがとどいています。もはや日本政府は当てにしないで,みずからの生きのびる道を模索するしかない,という意志表示であり,その後をいきる覚悟です。そして,最近になって,こういう考え方をするウチナンチュは増えつづけている,ともいいます。この事実は軽んじるわけにはいけません。

 まったく,そのとおりだとわたしもおもっています。オスプレイは,あまりに危険なので(アメリカで墜落事故が多発),アメリカ本土での飛行訓練はできなくなってしまったために,それを沖縄に配備し,しかも,その飛行訓練の範囲を日本本土までふくめて自由に飛べるようにしようという次第です。それどころか,じつは,すでに,日本本土の上空を自由自在に飛び回っています。そのことに,ヤマトの人間はあまりにも鈍感にすぎる,そこが大問題です。

 このことをよく知っている沖縄の人びとは,自分たちのやり方で,猛烈な抗議行動を展開しています(『東京新聞』8月4日朝刊に写真入りで大きく報道)。しかし,本土のテレビ局はほとんど関心を示さず(意図的に無視しているとしか思えない),とってつけたような報道をほんの少しだけ流す,それでお茶をにごしています。もっと,沖縄の住民に寄り添う取材をして,問題の本質がどこにあるのかをつきつめる,そうして,本土のわたしたちも真剣に考える,そういう報道をしてほしいものです。しかし,それはNHKもやりません(あるいは,NHKだからやりません,というべきか)。他の民法には望むべくもありません。理由は,スポンサーどのが一斉に引いてしまうからです。そんなレベルで,じつは,報道というものはコントロールされているということをわたしたちはしっかりと認識しておく必要があります。

 この問題は,じつは,原発と同じで,権力支持者にとっては,都合のわるいものはすべて「蓋」をして,「弱者」に押し付けておく。そして,おいしいところだけを「強者」がいただき,都市文明の欲望を思う存分に満たすことに奔走。つまり,経済のため,金儲けのため,ただそれだけ。人間が生きる喜びがいかなるものかは度外視しています。ただ,自分たちだけの利益しか考えてはいません。。圧倒的多数の貧乏人(99%といわれている)とほんのわずかな金持ち(1%)という典型的格差社会に向かってまっしぐら。その典型的なモデルともいうべきアメリカに追随するのみ。こういう構造がいま日本の社会のすみずみにまで浸透しつつあります。

 オスプレイを無条件に沖縄へ搬入するという現実そのものが,まさに,日本という国家のありのままの姿を写し出しています。この現実をもっともっと重く受け止めていかなくてはなりません。しかし,多くのヤマトンチュはなんの自覚もないまま,ウチナンチュにオスプレイを押しつけて平然としています。自分たちにとって都合の悪いことはすべて眼を瞑って,見て見ぬふりをする,いわゆる自己中心主義がこういう形で浮き彫りになっています。

 ここに,じつは,とてつもない近代論理の矛盾が凝縮されているとわたしは考えています。この問題については,もっと根源的なところから精密に考えていかなければならないと考えています。いずれ,その問題についても考えてみたいとおもっています。

 さて,わたしが痛く反応した『東京新聞』の見出しは以下のとおりです。
 オスプレイ追加配備
 沖縄の声 政府顧みず
 県民「あきらめない」
 写真キャプション:米軍普天間飛行場の野嵩ゲート前で,飛来したオスプレイ(右上)に怒声を上げ,追加配備に反対すく市民ら

 この記事の書き出しは以下のとおり。
 「昨年十月の第一次配備に続き,米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に三日,新型輸送機MV22オスプレイ二機が到着した。この間,仲井真弘多知事や県内全市町村長が配備反対の声を上げ,多数の違反飛行を指摘したが,政府には「一顧だにされなかった」(県幹部)。「沖縄に思いを寄せる」との掛け声と裏腹な政府の冷淡さに,沖縄では「これ以上何ができるのか」と無力感が漂う。」

 ヤマトンチュのひとりとして重く受け止め,自分のできる範囲で,とにかく行動に移していかなくてはならない,と痛切に考えてしまいます。オスプレイをウチナンチュに押しつけたままでそれでいいとはだれもおもってはいないとおもいます。しかし,実際に行動を起こす人はごくわずかな人でしかありません。にもかかわらず,そういう人をひとりでも多くすること,わたしたちの希望はそれしかありません。

 この問題については,また,機会をみつけて書いてみたいとおもいます。今日のところはここまで。

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