アートについては,あまり明るくはないわたしですが,佐藤忠良さんの彫刻はなぜか惹かれるものがあって,かなり前から好きでした。ですから,佐川美術館(滋賀県)にも足を運び,たっぷりと鑑賞させてもらったことがあります。その佐藤忠良さんの作品展が,佐川美術館を振り出しに,宮城県美術館ほかを巡回すると,今夜の日曜美術館が教えてくれました。
テレビの映像を見ながら,もう一度,佐川美術館に行ってみたい,とそんな衝動にかられました。
佐藤忠良さんの作品,いいですよねぇ。
「強い人はやさしい」と言ってました,と娘の佐藤オリエさん。
シベリア抑留生活3年を経て,帰国。酷寒のシベリアでの労働のさなかに,仲間たちがつぎつぎに倒れて死んでいく,そこを生き抜いて帰国した佐藤忠良さん。98歳の生涯を閉じるまで,彫刻に全身全霊を打ち込み,すばらしい作品を作り上げました。基本的には丈夫な人だったんだなぁ,としみじみ思いました。汗びっしょりかきながら,粘土を力いっぱい手で叩きつけ,彫刻のための土台づくりの作業をしている姿は感動的でした。美しい作品ができあがる陰には,なみなみならぬ努力が隠されているのだと。
「自然は捉えきれない」「自然は素晴らしい」と死の直前まで語っていたと最後を看取った娘の佐藤オリエさんは言います。自然と真っ正面から向き合って,なんとしても自然を捉えてみたいと願った佐藤忠良さんの願いは,最後まで叶わなかったようです。しかし,作品は,限りなく自然に接近していったことが,今日の映像をとおしても見て取ることができました。
とりわけ,野外彫刻の一連のシリーズ「緑の風」は,人間という肉体像をどこまで自然の背景のなかに溶け込ませることができるか,を追求したものだといいます。人間の肉体もまた「自然」存在そのもののはず。しかし,人間の肉体はいつのまにか「自然」を拒否して(あるいは,抑圧して),自然存在から遠のいてしまいました。このことに,おそらく,大きな疑問をいだいた佐藤忠良さんは,人間の肉体こそ自然の風景のなかに溶け込むべきだと考えたのではないでしょうか。人間は,もっともっと,自然に帰るべきではないか,と。
そこには無限に広がる「自然回帰願望」を感じ取ることができます。人間の本質はそこにある。本来,自然存在であったはずのヒトが,あるとき,人間になることに目覚め,以後,雪崩を打つようにして,ヒトから人間への離脱と移動を繰り返すことになります。そのなれのはてが,こんにちのわたしたちだという次第です。ですから,先達の覚醒者たちは,哲学者もアーティストも宗教者も,そして科学者も,みんな,人間からヒトへの逆行ではなくて,人間がヒトに接近していくことの新たな可能性を模索するようになったのではないか,とわたしは考えはじめています。そのなかに,むかしながらの武術家も,そして,現代のトップ・アスリートも含まれる,と。
そんなことを佐藤忠良さんの作品はわたしに語りかけてくるように思います。
「働く母の姿」などは,一度,目の前にしたら,身動きができなくなってしまいます。夫を若くして亡くし,縁故を頼って北海道の炭鉱にだどりつき,針仕事ひとすじで子供たちを育てた母の姿は,佐藤忠良にとっては,生涯忘れることのできない「姿」だったことでしょう。そういう思いが,そこはかとなく伝わってきます。もう,それは佐藤忠良の分身でしかありません。その他の作品も,そのようにして生まれたに違いありません。「帽子をかぶる少女」は,娘さんの佐藤オリエさんがモデルだと聞いたことがあります。ですから,作家佐藤忠良と作品とはいつしか一心同体となっています。そういう深い「愛」が佐藤忠良さんの作品には通底しているといいます。
その深い「愛」とは,人間性を超越した,動物性にかぎりなく近いところで芽生えるものに違いありません。それは,あるいは,神の領域に近い「愛」というべきかもしれません。英語でいう「it」,ドイツ語でいう「es」が,それに当たるかもしれません。そうです。It is fine.というときの「it」です。
芸術の世界も同じことなのだ,としみじみ思いました。佐藤忠良さんの言う「自然」とは「it」なのではないか,と。
岡本太郎は「爆発」だ,と言い切りました。ここでいう「爆発」は太陽だとわたしは確信しています。すなわち,「it」の権化です。それは「消尽」です。あるいは,「贈与」です。
「スポーツ」もまた,究極のゴールはそこにある,と。
こんなことを考えさせられました。
佐藤忠良さんに感謝。
テレビの映像を見ながら,もう一度,佐川美術館に行ってみたい,とそんな衝動にかられました。
佐藤忠良さんの作品,いいですよねぇ。
「強い人はやさしい」と言ってました,と娘の佐藤オリエさん。
シベリア抑留生活3年を経て,帰国。酷寒のシベリアでの労働のさなかに,仲間たちがつぎつぎに倒れて死んでいく,そこを生き抜いて帰国した佐藤忠良さん。98歳の生涯を閉じるまで,彫刻に全身全霊を打ち込み,すばらしい作品を作り上げました。基本的には丈夫な人だったんだなぁ,としみじみ思いました。汗びっしょりかきながら,粘土を力いっぱい手で叩きつけ,彫刻のための土台づくりの作業をしている姿は感動的でした。美しい作品ができあがる陰には,なみなみならぬ努力が隠されているのだと。
「自然は捉えきれない」「自然は素晴らしい」と死の直前まで語っていたと最後を看取った娘の佐藤オリエさんは言います。自然と真っ正面から向き合って,なんとしても自然を捉えてみたいと願った佐藤忠良さんの願いは,最後まで叶わなかったようです。しかし,作品は,限りなく自然に接近していったことが,今日の映像をとおしても見て取ることができました。
とりわけ,野外彫刻の一連のシリーズ「緑の風」は,人間という肉体像をどこまで自然の背景のなかに溶け込ませることができるか,を追求したものだといいます。人間の肉体もまた「自然」存在そのもののはず。しかし,人間の肉体はいつのまにか「自然」を拒否して(あるいは,抑圧して),自然存在から遠のいてしまいました。このことに,おそらく,大きな疑問をいだいた佐藤忠良さんは,人間の肉体こそ自然の風景のなかに溶け込むべきだと考えたのではないでしょうか。人間は,もっともっと,自然に帰るべきではないか,と。
そこには無限に広がる「自然回帰願望」を感じ取ることができます。人間の本質はそこにある。本来,自然存在であったはずのヒトが,あるとき,人間になることに目覚め,以後,雪崩を打つようにして,ヒトから人間への離脱と移動を繰り返すことになります。そのなれのはてが,こんにちのわたしたちだという次第です。ですから,先達の覚醒者たちは,哲学者もアーティストも宗教者も,そして科学者も,みんな,人間からヒトへの逆行ではなくて,人間がヒトに接近していくことの新たな可能性を模索するようになったのではないか,とわたしは考えはじめています。そのなかに,むかしながらの武術家も,そして,現代のトップ・アスリートも含まれる,と。
そんなことを佐藤忠良さんの作品はわたしに語りかけてくるように思います。
「働く母の姿」などは,一度,目の前にしたら,身動きができなくなってしまいます。夫を若くして亡くし,縁故を頼って北海道の炭鉱にだどりつき,針仕事ひとすじで子供たちを育てた母の姿は,佐藤忠良にとっては,生涯忘れることのできない「姿」だったことでしょう。そういう思いが,そこはかとなく伝わってきます。もう,それは佐藤忠良の分身でしかありません。その他の作品も,そのようにして生まれたに違いありません。「帽子をかぶる少女」は,娘さんの佐藤オリエさんがモデルだと聞いたことがあります。ですから,作家佐藤忠良と作品とはいつしか一心同体となっています。そういう深い「愛」が佐藤忠良さんの作品には通底しているといいます。
その深い「愛」とは,人間性を超越した,動物性にかぎりなく近いところで芽生えるものに違いありません。それは,あるいは,神の領域に近い「愛」というべきかもしれません。英語でいう「it」,ドイツ語でいう「es」が,それに当たるかもしれません。そうです。It is fine.というときの「it」です。
芸術の世界も同じことなのだ,としみじみ思いました。佐藤忠良さんの言う「自然」とは「it」なのではないか,と。
岡本太郎は「爆発」だ,と言い切りました。ここでいう「爆発」は太陽だとわたしは確信しています。すなわち,「it」の権化です。それは「消尽」です。あるいは,「贈与」です。
「スポーツ」もまた,究極のゴールはそこにある,と。
こんなことを考えさせられました。
佐藤忠良さんに感謝。
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