2013年3月8日金曜日

決め手を欠く「五輪東京招致」運動。運営能力だけでなく,情緒に訴えるものを。

 IOCの評価委員会による現地調査が終わった。その結果に関する精確な情報が知りたかったので,家で講読している新聞のほかに2紙を駅(溝の口)で購入して,いつものように電車に乗って鷺沼の事務所に向う。春のような陽気で,少し歩くと汗ばんでくる。

 駅前(鷺沼)では,「原発ゼロへのカウントダウンinかわさき」のビラが配られていた。もらって見ると「2013/3/10 SUN.川崎市中原平和公園」とあり,この日に行われる各種イベントの予定表が書いてある。スペシャルゲストに,「経済界から脱原発宣言」,城南信用金庫理事長吉原毅さんの名前もある。

 このような活動をメディアはほとんど無視しているが,ネット上では多くの情報が流れている。「3・11」以後のこの2年間はいったいなんだったのだろうか,という批判が圧倒的に多い。そして,3月10日には「0310 原発ゼロ☆大行進」が日比谷公園野外音楽堂を基点にして展開されること,それに呼応して脱原発運動が全国各地で展開されること,などもよく知られているとおりだ。

 鷺沼駅でもらったビラにも,「官邸前脱原発金曜日アクションに地域から連帯しよう!」と書いてある。こんどこそ,つまり,「3・11」から「丸2年」が経過したにもかかわらず,事態はなにも改善されないままになっていることに対する国民の苛立ちの意思表明を,メディアはきちんと報道してほしいものだ。とんでもない「アベノミクス」に躍らされないで。

 事務所にくる途中の,いつもの植木屋さんの庭の河津桜が三分咲き。根元には諸葛菜が薄紫の花を咲かせている。モクレンのつぼみも日ごとに大きくなっている。

 事務所に到着して,コーヒーを淹れて,新聞を読みはじめる。どの新聞もIOC評価委員会関連の情報を満載している。全部,読み終えたときに,なんともいえぬ虚脱感をおぼえる。読むべき内容がほとんどないからだ。もちろん,最初からそんなことはわかっている。しかし,念のために,確認したかった。やはり,予想どおり。

 ただひとつ,これは,と思ったくだりがあった。引用しておこう(『毎日新聞』)。

 東京招致委員会は「震災からの復興」を前面に出さなかった。東日本大震災に話題が向けば,原発事故など「負」の印象を与えかねないとの思惑が見え隠れする。
 東京招致委は「Discover Tomorrow ~未来(あした)をつかもう」との抽象的なスローガンの下,充実した交通体制など都市力を前面に出したプレゼンテーションを続けた。だが最後の東京招致委の記者会見で海外メディアからこんな質問が飛んだ。「運営能力があるのはわかった。で情緒的に訴えられるものは?」

 この問いにどのように応答したかは,どこにも書いてない。答えに詰まってしまって,だれも適切な応答ができなかったのだろう。

 ここに招致委員会の盲点がみごとに露呈している。「震災からの復興」を封印して,表面づらを整えて,支持率を上げれば,招致に成功すると考えていたはずだ。甘い,のひとこと。

 「震災からの復興」を封印しなければ五輪招致に不利だと考えたとしたら,その時点で,すでに勝負あった,である。つまり,最大の弱点を隠蔽したのだから。しかし,このスローガンをIOC評価委員会のメンバーが知らないはずはない。のみならず,日本国民に対する冒涜ではないか。被災者を勇気づけるためにも五輪は必要なのだ,と都知事を筆頭に総理大臣ですら主張してきたではないか。

 海外メディアの記者が問う「情緒的に訴えられるものは?」は,まさに,この点をついたはずだ。言ってしまえば,マドリードにもイスタンブールにもなくて東京に固有の「情緒的に訴えられるもの」は,すなわち,「震災からの復興」しかないではないか。この唯一のセールス・ポイントを封印してしまったのだ。ということは,もはや,東京に五輪を招致する最大の根拠はどこにもない,ということだ。「Discover Tomorrow」などというスローガンはどの都市でも言える。なにも,東京でなくてもいい。

 支持率が高かったことに招致委は大喜びをしたそうだが,ごもっとも。でも,これは前回の減点対象をクリアしただけのことで,ポイントにはならない。他の立候補都市は,昨年5月の段階で,すでに,もっと高い支持率だったのだから。

 となれば,なにが「決め手」になるのか。
 それは,2020年に,なぜ,東京で五輪を開催する意味があるのか,ということを世界に示すことだろう。その点は,マドリードも同じだ。大した根拠は見当たらない。その点で,もっともわかりやすいのはイスタンブールだ。イスラム文化圏で初の五輪開催だ。オリンピック・ムーブメントの根幹に触れる説得力をもつ。運営能力などは,無事に大会を運営する能力があれば,事足りる。そこに点数をつけて差異化するとなると,文明化の遅れた国は永遠に五輪を招致することはできなくなってしまう。だから,運営能力は最低限のレベルをクリアしていればいいのである。必要なのは,なぜ,その都市で五輪を開催するのか,というわかりやすい説得力だ。

 どの新聞も,総じて,現地調査はうまくクリアできた,という評価の高い報道だった。しかも,これからさきは「ロビー活動」にかかっている,と各紙とも口を揃える。意見を聞かれた識者たちも異口同音に「ロビー活動」が重要だ,と指摘している。しかし,そうだろうか。わたしはまったく違う受け止め方をしている。

 「ロビー活動」とはなにか? 政治や経済の世界での「ロビー活動」は,よく知られているとおりである。そこではいろいろの裏取引がなされていることもよく知られているとおりだ。その論理をそのままスポーツの世界に,つまり,五輪招致運動に持ち込んでいいのだろうか。簡単に言っておけば,ロビー活動とは「よろしく」という肩たたきだ。肩をたたかれただけでIOCの投票権をもつ委員たちがこころを動かすとは思えない。過去の事例からみても相当の金品が飛び交っている。それを封じ込めるためにあれこれ対策が立てられていることもわかっている。しかし,その眼をかすめて行われるのが「ロビー活動」だ。言ってしまえば,「八百長」工作のことだ。こんなことが,これまでも営々として行われてきたのだ。それが五輪招致運動の陰の実態だ。

 オリンピック・ムーブメントも,もはや,地に堕ちた★にすぎない。
 わたしがオリンピックのミッションは終わったという根拠のひとつは,ここにもある。だから,そろそろ「幕引き」をすべきだ,というのがわたしの基本的な考え方である。あるいは,抜本的な改革をほどこして再生をはかるべきだ。このことの具体的な提案も考えている。いつか,チャンスがあったら公表してみたいと思っている。

今日のところは,ここまで。

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